コマクサ


   親父が言いたい事はここからです

 寝たきりの方の介護  体験した人でないと分からないが
徘徊する老人を抱える 家族の方の苦しみは どれ程か
 自分は何処から来たか 何処へ行こうとしているのか 
何のために
 現代の多くに人達は 徘徊する老人と同じなのです
簡単な 赤は止まれ 人は右 の道交法も知らず 
さまよえば いつか事故に合う
 徘徊する人達を 介護するように生涯を駆けて指し示した
人間の法則を 哲人の叫びを 少しでも体得しなければ 
人は不幸になる

ソクラテス
汝自身を知れ

デカルト
我思うゆえに我あり

シラー
汝のの運命の星は汝の胸中にあり

ユゴー
海より大きな眺めがある、それは空である、
空より大きな眺めがある。それは魂の内部である

カント
感歎と崇敬の念をもって心を満たすものが二つある、
我が上なる星空と我が内なる法則とである

レソー
私が語らなければならないのは、人間についてである

法華経
「我が生命は本来仏なり」

これらの言葉は 人類の英知が残した 究極の叫びである





















 「コマクサ」    Rokusann   atiiti

 「ドーン、ドーンドドドド……」
「タタタタタ… ヒューン…ドーン」
 お雪婆は聞いた。
いつまでも続く大地の震えを、サタンの薄ら笑いを。
 お雪婆は見た。遥かな空に立ち上
る灰色雲が青空を覆い隠す様を。
そして不気味な赤い太陽を。
 お雪婆は祈った、
人々の悲鳴に答えんと。
寒さを忘れ 口が渇き、倒れる程に。

 お雪婆は見た。何処までも続く長い行列を。 
 ススだらけの顔に、晴れ上がった赤い目、
黒くにじんだ服、焼け焦げて穴のあいた服 
ゴミの様な布切れを 巻きつけている人も 
 僅かな荷物を大事そうに首からぶらさげて
ひたすた前へ前へ
 何の治療もされていない、怪我人が、誰の助
けもなく倒れそうにヨロヨロと歩いていく。 
 すべて失って 命一つで故郷に帰るのである
誰も言葉を失い、北へ北へ。 

 何処の農家も雨戸まで締め切って見て見ぬ
ふりをしていた。
 お雪婆は、桶に水を汲んできた。
「目を洗って行って下さい」
言葉を失った人達が、
「ありがとう ありがとう」 
 お雪婆の行動に、他の農家の人達も気が付き、 
はじめた そして皆 お雪婆に続いた。
 怪我の治療をする人 炊き出しを始める人
善意の人の輪ができた。
大空襲の悲惨な状況が語られた
生きている事の喜びが語られた

 戦後、荒廃と窮乏の中、人々は民主主義と
言う理想を掲げ突き進んでいた。
 その中で育った子供達の、純白のキャンパ
スに描かれた虹色の思い出は、豊かさの中で
求めても、得る事の出来ない大事な事があっ
た。
 それは、人間の言葉をいかに駆使しても、
伝え難い、人間の基本的な事である



 終戦直後、焼け落ちた家の一角に座り込み
いつまでも動かないお雪婆がいた。
 一郎をおんぶした母が声をかけた、
「どうしました、お婆さん」
「・・・・・・・・・・何か、形見の品があるかと思い
来てみたが・・・・・・・・何もありゃあしない・・
・・・・欠けた素焼きの皿が出てきただけじゃ」
「お身内の方のですか」
「そうじゃ、・・・・何処で死んだか分からない
わしの息子の形見を探しているんじゃ」
「これはお気の毒です、・・・・・・ですがお婆さ
ん、もう帰らないと日が暮れますよ」
「いや、ありがとう、」
 一郎の母は家に帰って、その事を父に告げ
た。父は母に場所を聞くと、すかさず家を出
て、そのお婆さんのいる所に向かった。
 
 しばらくして父が、お婆さんの手を引いて
帰ってきた。 
「お母さん、うちの会社に関係のあった人だ
、一晩泊めることにした、いいだろう」
 どうやら、破壊された父の会社に関係のあ
る業者の関係者らしい事が分かった。
 いや、父にとっては、そんな事はどうでも
よかった。
 亡くなった息子さんとは全く面識もない他
人である。

 父は 終戦を迎え 家族を呼び戻すと 多
くの同僚や部下を亡くした事に対する自責の
念にさいなまれるようになっていた
 決して父のせいではないが 母にいつも一
人一人の名前をあげて
「大黒柱を亡くして 家族は大変だろうなあ」
「彼には田舎に父母親がいる 気の毒だ」
等と語っていた
 又 父は小さい時から養子に出され「お母
さん」と呼べる人がいなかったそうだ 母の父
母に会った時 
「お母さんと 呼べる事がうれしい」と 言って
いたそうだ
 どうやら 年寄りに対する特別な思いがある
らしい
 それは 一郎が父と列車で出かける時 年
寄りを探し 座っている一郎に
「席をゆずりなさ」と いつも立たされる
それどころではない 座っている他人の子供
を見ても
「君 お年寄りに席をゆずりなさ」と 平気で
言うのである 
 一郎は すいている時以外 席に座らない
のが当たり前になった その癖は一生直らない 

 余計な事かもしれないが
 子供のしつけとは やかましく注意したり
怒ったりするのではなく 自然に良い癖をつける
事が一番正しいのではないか思う

 お雪婆は しばらく一郎の家にいた
 一郎とお姉ちゃんの子守をしてくれた 
父はいつまでも引き止めた
 亡くなったのは一人息子だと言う 
「生きている」と言う連絡を待ったが
夢枕に息子さんが寂しそうに立っていたので 
死んだと確信してしまったと言う
 お雪婆の悲しさは どのような言葉をもって
しても表す事ができない
最も近い言葉で表すならば 「悲惨」である

 母の涙が不幸のバロメーターである
母の笑顔が幸せの そして平和のバロメーターである
 人は皆 幸せになる権利を持っている
幸せになるために生まれてきなのだ
 この大事を知らないのは悪人である
時の指導者は悪人であった

 騙される事は悪である
当時の人々は口癖のように
「騙された 騙された」と言っていた
 喧嘩を仕掛ける事が 力で他国の物を奪
い取る事が良い事か悪い事かすら判断出来
ない人が多かった
 戦争と言う名のもとに正当化された狂った
時代であった
 しかし 悲しいかな 今の世界も狂った
力の時代が続いている
 科学が技術が飛躍的に進歩しても
人間の内面は進歩していない

 一郎の家の近くに米軍のキャンプがあった 
姉は友達と遊びに行く
 それでも親はさほど心配しないのである 
米軍も かなり統率されていたようだ
 マッカーサーが日本に降り立った時
おそらく恐怖を感じていた事だろう
自爆する日本兵を多くみてきたからだ
 でも そんな過激な人は一人もいなかった

 38度線を超えて来た人に聞いた話だが 
米軍のトラックが走り回り 怪我をした日本人
等を収容し キャンプで治療していた 
 そして 直るまで有り余る程の食料が提供
された と聞いた
 敗戦で 味方の日本兵すら信用できない時だ
人間の内面は進歩していないと言ったが
権力者の事だ 一般庶民はやさしい 




 野原の向こうに、破壊された工場の廃墟が
ある。そしてその奥に、シンボルの様に高く
そびえ立つ大きな煙突がある。
 一郎はいつも遠くから眺めていた。一度は
あそこに行ってみたかった。
 暖かな早春の午後、一郎は小さな冒険を決
意した。
 野原を横切り、壊れた穴だらけ塀を抜け、
更に進んだ。
 そして、あの大きな煙突を、真上に見上げ
る程、間近に来た。「とてつもなく大きい」
 更に恐る恐る近ずいてみた。
 丸い入り口があった。一郎は何度も何度も
ためらったが、その煙突の中に入って見る事
にした。
 腰を屈めて入ると、薄暗い足元に欠けたレ
ンガの破片が一面に転がっている。
 上を見上げてみた。
 レンガを螺旋状に積み上げて作った煙突で
それがずいぶん壊れていて、足元の欠けたレ
ンガはその残骸だった。
 そして遥か真上に暗闇の中、丸い青空が輝
く様に神秘的に浮かんでいた。
 一郎は満足げに明るい外に出た、そして帰
ろうとした時、一郎は驚いて立ちすくんだ。

 煙突の直ぐ横に、小柄な老婆を発見したか
らだ。
 つい先程まで誰もいなかったはずだ。
 白く乾いた小石だらけの地面に、何も敷か
ずに正座して動かない。
 幾筋もの深いしわに、後ろで束ねた白髪の
何本かがそよ風に揺らいでいる。黒っぽい和
服に黒っぽい帯。もし薄暗い所から現れたら
一郎は怖くて泣き叫ぶかもしれない。
 「いつも見ている近所のお婆さんとはぜん
ぜん違う」見た事がないあ婆さんだ。
 老婆は手を合わせて、首を深くたれた。そ
して又動かない。
 良く見ると、老婆の前のエントツのまぶし
い程の白い壁に花束が立て掛けてあった。更
に良く見ると、小石を並べた上に線香が炊か
れている。
 老婆は不思議そうに、じっと見ている一郎
に気がついた。
 つややかな、しわだらけの顔の大きな目が
鋭く一郎を捕らえた。
 一郎は驚いて動けない。
 老婆は体をゆらしながら正面を向いた、そ
して一郎をじっと見つめた。そして突然。
「おお・・・・・・・・一郎じゃろう・・・・一郎じゃろ
う・・間違いない 一郎じゃ・・・・・・」
 しわがれた響きのある大きな声に一郎はび
っくりした。老婆は急に笑顔になった。 
「大きくなった、大きくなった、見違える程
大きくなったのう、何歳になったんじゃ」
 一郎は黙って指を四本出した。 
「これ一郎、そんな不思議そうな顔すんな、
このお雪婆の顔忘れたか、このシワシワの顔
に見覚えがあるじゃろう・・・・・・」
 老婆は大きく目を見開き、亀のように首を
突き出した
「ほーら、よーく見て思い出せ・・・・・・・・・・・・
はははは、はははは・・・・・・見覚えがあるじゃ
ろう」 
 大きな笑い声だ、そして大きな口だ、何本
もの欠けた歯が良く見える。笑うと顔のしわ
が一段と増える、こんなお婆さん一度見たら
忘れやしない。
 しかし一郎には思い出せない。一郎は落ち
着いた、そして言った。
「僕 お婆さん知らないよ」
「はははは・・・・・・ そうかそうか、忘れてし
まったか、はははは、しかたないのう」
 そして 老婆は歌を歌い始めた
「ヨーイヤサーノーヨーイヤサー、オーノコ
サーハ・・・・・・・・」
「どうじゃ、この歌聴いた事あるじゃろ」
「聴いた事ないよ」 
「そうかそうか、やっぱり無理か。お雪ばあ
が一郎をおんぶして、よー歌った歌じゃ、一
郎がこんなに小さかった時じゃったからのう
、覚えてらんのは当たりまえじゃ」
 老婆はニコニコしながら、首を縦に小刻み
に何回も動かした。
 一郎はおんぶされていた事さえ覚えていな
かった。
 お雪婆は、膝を(ぽんぽん)と叩きながら
立ち上がった。
「おっ母(かあ)とおっ父(とう)は元気か

「うん」
「お前の姉さんは元気か」
「うん」
「おっ母(かあ)とおっ父(とう)に、お雪
婆が帰って来たって言っておけ。後で寄るか
らな」
「うん」
「ところで一郎、ここで遊ぶのはだめじゃ。
この煙突の中には、お化けが住んでいて、近
くで子供を見ると、足を引っ張って、この煙
突の中に引きずり込もうとするんじゃ。そし
て出られなくなるんじゃ。怖い怖い。
 お雪婆が、早く成仏するよう説得しとるが
頑固なおばけが沢山おるで、なかなか言う事
を聞かんのじゃ。
 だから、あの塀からこっちは入ってはいか
んぞ。ええな、一郎」

 一郎は野原を走った、一人で走った、近所
の仲間達と走った。
 夕方薄暗くなるまで遊んだ。遠くから母の
呼ぶ声がするまで遊んだ。
 一郎の家は戦時中、空襲で焼かれてしまっ
た。今住んでいる家は、戦前、父が働いてい
た会社の社宅で、奇跡的に焼け残った家の一
軒である。
 前の通りの向こう側の家々は、すべて焼か
れてしまい、家の土台だけを残し、主の帰ら
ない、あちこちの空き地には、雑草が生い茂
っていた。
 その先の隅田川に掛かる木の橋(木琴橋)
は材料不足のため、角材と角材との間が空い
ていて、足元から川の流れが良く見える怖い
橋である。
 たまに、歩いている人が、履物をその隙間
から落としてしまう事もあった。
 通りを横切り、小さな畑を過ぎると、広い
野原が広がっていた。
 その野原の右側には、竹で作った壊れかけ
た塀に、つる草が絡まり、その緑に埋もれか
けて、傾きながら何処までも続いている。
 更にその向かいには、戦時中、砲撃を受け
たためだろうか、大小様々の穴が無数に空い
た、壊れかけたコンクリートの塀が続く。
 その塀の内側には、鉄骨を残した大きな建
物の残骸が、不気味に幾つも連なっている。
更に、レンガで出来た、砦のような残骸があ
ちこちにある。 
 そして野原の一番奥に、使われていない大
きな煙突がシンボルのように、高く白く輝き
そびえ立つのである。
 破壊された後の、静かな草深い町である。

 クローバーのジュータン、ひまわりの林、
風に泳ぐコスモス、一年中、一郎とその仲間
達の広過ぎる程の遊び場である。
 3年前、ここで何があったのか、一郎はま
だ知らない。

 「ねえお母さん、あの煙突にいるお化け、
見たことある?」
「さあ、見たことないわ。
 この世にお化けなんていませんよ・・・・・・
誰がそんな事言ったの?」
 母はいそがしそうに台所で夕飯の仕度をし
ていた。
「お雪婆が言ってたよ・・・・・・子供を見ると引
っ張るって」
「ああ、そうなの・・・・・・ きっと一郎が近ず
かないように言ったんでしょう・・・・・・一郎は
あんな所まで遊びに行くの?・・・・・・一人では
行かないようにしなさい」
 一郎は話をしたくてしょがなかった。
「でも僕は行ったよ、煙突はすごく大きかっ
たよ。雪婆がいたよ、煙突を拝んでたよ、花
も置いてたんだよ。ねえお母さん、どうして
煙突を拝むの?」
「ああそうだったの・・・・・・・・あそこで沢山の
人が死んだから、お雪婆が弔っていたんでし
ょう」
「沢山て、何人」
「数え切れない数の人達ね、お父さんのお友
達もね」
「何で死んだの」
「このあいだの空襲でね」
「空襲っ何」
 一郎の矢継ぎ早の質問に母は困った
「今忙しいから後でね・・・・・・」
「空襲っ何」
「ほら、一郎がいつか拾ってきて、お父さん
に見せていたでしょう。機銃掃射の球だっけ
、飛行機からバリバリバリって打つのよ、あ
と焼夷弾とか爆弾とか、降ってくるのよ・・・・
それから、ほら、一郎がドジョウがいるって
言ってた、野原の奥の池があるでしょう、あ
れは爆弾の破裂した痕なのよ、分かった?」
 一郎は ますます分からなくなった
「お母さん見てたの」
「お母さんは赤ん坊の一郎とお姉ちゃんと田
舎に疎開していて見てないわ。 
 お父さんが帰ってきたら、聞いてみなさい
・・・・・・・・お父さんは工場を守るためにここに
残っていたんだから、良く知っていますよ」
「どうして 田舎なら大丈夫なの」
 母はどうも面倒くさい様子だった、そして
一郎を無視して姉に言った
「お姉ちゃん お膳だして 茶碗と橋を並べ
てちょうだい」
「ハーイ」
 ここからは母と姉の夕飯に関する対話が始
まり、一郎はその話の中に入り込めず、あき
らめた。 

 そのうち父が帰ってきて、丸いちゃぶ台の
前に座った、姉がラジオのスイッチを入れた
60ワットの裸電球の下、殆どの家と同じよ
うに質素な食事が始まった

 その晩、父の自慢話を聞いた。
 「お父さんはあの工場の重役だったんだぞ
部下が沢山いて忙しくて大変だったんだ」
母があいずちを打った
「あの時はお母さんだって大変でしたよ。家
に、大勢部下を引き連れて来て、酒を出せと
か飯を出せとか。それも夜遅くまでね」
「いやー、飲べえが多くて、付き合いも大変
なんだよ、おかげで皆よく働いた」
母はすかさず言った
「私もね」更に言った
「又新婚だと言うのに、お父さんは何日も帰
ってこないんだから。お母さんは大きな家に
何日もたった一人だったのよ。本当に田舎に
帰ろうかと思いましたよ」
「いや仕方ないさ母さん 国の命令なんだ 
忙しいのは父さんだけじゃないんだ」
母はすかさず言った
「でも一度 夜中に裏口から入って来た時は
驚きましたよ」
父は遮るように言い返した
「いやー、あの時は表の戸が閉まっていて仕
方なく裏口回って「母さん母さん」って小さ
な声で呼んだんだ。返事がないから戸を外し
て中に入ろうと思ったんだ。そしたら、大き
な声で「キャー ドロボー」って。近所の人
が飛んできてくれて、イヤー、本当に恥ずか
しかったよ」
 父と母の楽しそうな会話はしばらく続いた
 そして父の自慢話が始まった。
「めっぽう摩擦に強いベークライトと言うの
を作った、ほら家にあるだろう。あの茶色い
棒だ。戦後、配給の米がモミ付きで来るんだ
、一升瓶にモミ付きの米を入れてあの棒で突
いて精米するんだ」カチャカチャカチャ」っ
てね。ベークライトは傷さえ付かない。 変
な所で役にたった。
 又、めっぽう軽くて丈夫なジュラルミンと
言う金属を作った。飛行機の部品だが、ほら
、母さんの裁縫箱がそうだ。
まだまだあるぞ、ほら、あの丸い鉄のかたま
り。飛行機のエンジンの一部だ」
 父はニコニコしながら更に話した。会社で
奮闘し、会社が発展していく様子を。 
又、戦時中、大勢の腕の良い従業員が次々と
戦争に取られてしまい、変わりに何も知らな
い学生が手伝いに来て大変だった事。
 そして、空襲の話をしてくれた。
 父は一杯の酒をゆっくり飲みながら語った
、一郎にも分かるように語った。
「戦争に行った同僚も地獄を見た、残ったお
父さん達も地獄を見たよ。
 お父さんの工場が真っ先に標的にされて、
集中砲火を受け、真っ先に焼けた。
 何度もやっていた防火訓練など、何の役に
も立ちゃあしない。ただ逃げるだけだ。  
 お父さんは逃げる途中、戦闘機から狙われ
て、逃げ場がなかった。「駄目か」と一瞬思
ったが、目の前に一本の電柱があった。立っ
たままその陰に隠れて、かろうじて助かった
よ・・・・。
 なにしろ防空壕に避難させた人が皆死んで
、外で逃げ回っていたお父さんが助かったん
だ。不思議なもんだ」
母は笑顔で言った
「お父さんは運が良かったんですよね」
父はうなずき
「その通りだ」と言った
 父の話は続いた
「近くの高台に軍が設置した高射砲があるん
だ。敵の爆撃機を狙って打っていたが、情け
ない事に球が届かないんだな。爆撃機は遥か
その上を悠々と飛んでいるんだ。
 日本の空軍機など殆どいやしない。
その時 お父さんは 日本は絶対に負けると
思ったね・・・・。 
 又多くの人が火に追われ墨田川に飛び込ん
で溺れ死んだよ。又不思議な事に、川の上を
火が渡って行き、浮いている人さえ焼け死ぬ
んだ。 
 墨田川を多くの遺体が上げ潮引き潮に合わ
せて行き来しているのを見たよ」 
 母が遮った
「怖いから、お父さんもういいですよ」
しかし父の話は続いた
「誰だか分からない多くの遺体をトラックで
運んできて、あの煙突で処理したよ。
 まさにあの煙突は大きな墓標だな。
 終戦の日、女達は泣いていたよ、悔しくて
泣くんじゃないんだぞ。
「もう逃げなくてもいいんだ」って、喜んで
泣くんだ。
 皆 騙された事に気がついたよ。
 一郎達はいいなあ、もう戦争はないだろう
からな」

 父は、その後も度々空襲の話をしてくれた
特に酒が入ると止まらない。母に、 
「その話はもう聞きましたよ」と何度も言わ
れていた。
 一郎には理解できない話も多かった。
「東条英樹の「共同一致」の演説を、どこの
新聞マスコミも賛美し、あおっておきながら
奴ら、誰一人責任を取っていない。
 ほとぼりが冷めた頃、奴らが再び頭を持ち
上げる様な事がないように願いたいね」


 


 戦後日本は貧しかった 特に町の子は田舎の子に比べて
更にひもじかった
しかし それを意識していなかったことは幸いである
 貧しさと言うものは ある年齢に達し 比較して自覚するものである
 一郎の場合も いくつかの事件によって知らされたのである
 しかし 少々貧しくても 育った環境がいかに暗くても 
母の愛情があれば仲の良い兄弟がいれば 卑屈になる事はない
 それどころか 人一倍幸せを実感できる感受性を養い 
他人の苦しみを理解する慈愛の心も育つのである

 一郎の弟が生まれた時 父がどこかの病院に運ばれた
 アメリカの進駐軍がやってきて 白いDDTの粉を
家の中と言わず外と言わず
辺り一面に 積もる程まいていった

 長い冬の季節の始まりである
 笑い声がなくなった
 針仕事をしている 母の後ろ姿しか見えない
姉は母の代わの一切を引き受けて働いた
 一郎の口癖は「何かない」である
 ある日 食卓から 煮物 漬物が消えた
麦飯と実の無い味噌汁のみの食事が何日も続いた
 一郎は抗議した「何かないの」
「我慢しなさい明日は何か買ってくるからね」
一郎は泣いて抗議した
姉が母を助けた
「一郎はお兄ちゃんでしょう 恥ずかしいわよ」
 一郎は次の日も抗議した
「そうだ おにぎりにしてあげる 丸がいいかな 三角がいいかな」
母は知恵を出したが一郎は聞かない
 一郎は 我慢する事 待つ事をいち早く教わった
しかし いつまで待っても かなえられない場合短気になる
一郎の気短は 此の頃養われた
  
 当時 乾パンの配給があった 
一郎は封筒を開けてみた 母に内緒で食べてみた
 この世にお菓子が存在する事は知っていた
まさにそのお菓子である 初めての味だ、おいしかった
 直ぐ母に見つかり 取り上げられてしまった
母は何処え持って行くのだろうか
 家の小さな空き地に小屋を作り鶏を飼っていた
その世話をするのが一郎の役目だった 夕方になると 
放し飼いの鶏を「トートートー と言って餌を上げるふをして 
小屋にさそい入れるのである
しかし卵を食べた記憶がない

 又 庭で茄子を栽培していた これは何回も食べた記憶がある
 一郎はいつものように
「何かない」
と母に言うと
「庭の茄子を取ってきなさい 焼いてあげるから」
と言って電気コンロの上で焼いてくれた
 この時の焼き茄子の味は忘れられず 一郎の大好物になった
 親戚のおばさんの家に行った時
「一郎ちゃんの好きなものをご馳走するからね 何がいい」
と言われ「茄子」と言ったら「一郎ちゃんは安上がりね」と笑われた

 此の頃だったか 絶対に忘れられない非情な言葉がある
 母は赤ん坊を背負い 一郎と姉の手を引いて ある知人の家に行った
どんな関係の知人か どんな用事で行ったのか 
どんな会話がなされたのか分からない覚えているのは
「亭主 まだ生きているのか」と言う氷のような一言だ
 其の日 テーブルの前に座り 全く動かない母の後ろ姿を見た

 一郎の家に緊急に援助があった
 母の実家からお爺さんがやってきたのだ
沢山のみやげ物に一郎は歓声を上げた しかし 
日持ちのする乾燥食品や 漬物や 衣類等で
歓声を上げるのは 本当は母の方である
 お爺さんは一晩泊まっていった
 その夜 母は さかんに現状を訴えていた 
隣の部屋から
「そうか そうか・・・」と言う お爺さんの声が聞こえた
 しかし 母の実家は地方の山間部の貧しい農家で 
どれ程の援助が得られるか分からない

 又 しばらくして お雪婆が米を送ってくれた
 その日 真っ白いご飯が出た 一郎は驚いた
白い米がこんなに美味しいものだっのか すっかり忘れていたのだ

 一郎は生涯 贅沢な食事に抵抗を感じるようになった
 ホテルでの豪華な食事を前に しばし考えさせられる事がある
残したら申し訳ない しかし食べ切れないで残してしまう
「餓えている人が沢山いると言うのに 俺は本当にいいのか・・・・・・・」
 一郎は 山小屋での質素な食事がちょうどいいと思った
しかし 最近ではかなり豪華だ 山のてっぺんでウナギの蒲焼が出た

 姉に紙芝居へ連れて行ってもらった事があった
水飴を買った 2本の棒が付いていて 2つに分けて姉は
大きいほうを一郎にくれた
 一郎は弟と何かを分ける時必ず 弟に多く与えるようになった

 又 姉に人形劇を見につれていってもらった
 不思議な事に 一こま一こまが 歌われていた曲の旋律の
一部までもがいつまでも鮮明に覚えているのだ
 子供に 良い演劇を見せる事は非常に大切である 
覚えているからである
そこで養われる正義観や勇気は 一生涯に影響を及ぼすからだ
 ロシアの児童音楽劇団の創始者 強制収容所でも夢を捨てなかった
ナターシャ叔母さんの話を思い出す
 ルソーの教育論は有名だが あくまで理論だ 
現実の社会で 実践し体験した人の意見が正しい

 親戚の子が遊びに来た
「おもちゃで遊ぼう・・・おもちゃ箱何処 おもちゃ箱何処」と言った 
 一郎は最後まで黙っていた その子の家に行った時 
おもちゃ箱に一杯のおもちゃがあった
一郎の家にはおもちゃ等一つもない ましておもちゃ箱などあるはずがない

 近所のおばさんから「いらっしゃい」と呼ばれた
スイカを切ってくれた「一番大きいのを取りなさい」と言われた
そこの家の子と一緒にご馳走になった
 帰ってから母にその事を報告した 
母は
「お母さんの友達の春山さんよ 今度合ったら必ずお礼を言うのよ
何てお礼を言ったらいいのか 今練習しようよ・・・ね・一郎」
一郎は たどたどしく「このあいだは ご馳走様でした・・・でいいの」
「良く出来ました 合格だね その時 少し頭を下げるともっと良くなるのよ」
と言った
 一郎は お礼を言う事の大切さを知った 

 此の当時の 食べ物の思い出は尽きない 
やはりお腹が空かしていたんだと思われる

 あるとき 母は2枚の写真を見せてくれた
一枚は ピアノの横にドレスを着て すまして立っている綺麗な女の人のだ
 もう一枚は 大きな乗用車のボンネットに寄り添う 父の写真だ
「これはお父さんだね でも この女の人は誰?」
「お母さんよ」
一郎は信じられなかった 写真の中の女の人に母の面影が
見当たらないのである
「違うよ 全然似てないもん」
「お母さんよ・・・・」
一郎は顔を良く見て やっと母に似ている事が分かった
母は
「家の前を通る人が こんな家に住んでみたいって言ってたのよ」
母は戦前の夢のような生活を話してくれた
 久しぶりに見る母の笑顔に一郎は嬉しかった 
「写真 これだけ」
「そうよ これだけよ あの家とともに焼けのよ・・・なにもかもね」
 
 一郎は生涯 この言葉を忘れなかった「・・・・なにもかもね」
母の悔しさが この一言に詰まっているように思えるからだ
 

 
 姉が叫んだ
「あ・お父さんだ」
 大きなドア 大き部屋 沢山の電球が釣り下がる天井 硬い床 
消毒のにおい どこまでも続く 同じ形と色のベッド 金属の触れ合う音
 一郎は探した
「何処」皆んな同じ痩せた人達で 浴衣を着ている
「何処」 
 向こうで ベッドの横に立って手招きしている痩せた人がいる
父だった しかし一郎がいつも描いている 大きな頼れる父とは
少し違っていた
 痩せていて やたら白く 無精ひげを僅かに蓄えた顔が 
小さく見える しかし母と姉そして弟 そして一郎が 
長い間待っていた父との面会だ
 姉と一郎はうれしくて はしゃぎ過ぎて 大きな声を出してしまい 
母に注意された
 そして父から 退院の見通しが付いた事を告げられて 
姉と一郎が大きな声で歓声をあげて 又母に叱られた
 その母は死ぬまで 父の病名が何であるかを言わなかった

 父は退院したが 極端に体力が無くなっていた 
一郎は昼間寝ている父の姿を何回も見た
しかし生活のため 父はのんびり療養する事などできなかった 
体力の無い父の仕事の種類は おのずと限定されてしまう
 厳しい経済状況を打開するため 母は幾つもの内職に加え 
束ねた薪の販売も始めた 小さな庭はトラックで運ばれてきた
束ねた薪で山ができた
 当然家事の一切を姉が引き受けた
 一郎も自分の事は自分でやるしかなかった 誰も頼れないからだ
 他人を頼らず 何でも自分でってしまう一郎の性格はこの頃養われた

 その頃だったか 
一郎は近所のクレーニング店のガラスで出来ている看板に
石を投げて割ってしまった 
 隣の空き地に投げ込むつもりだったが手元が狂ってしまった
 ガラスが割れる大きな音とともに店の中から叔母さんが飛び出して来た
「だれがやったの・・・」
呆然と立ち尽くす一郎を見て
「内田さんとこの子ね・・・そうでしょう・・・何投げたのよ・・・」
「石投げたら 当たった・・・」
一郎はさんざん怒られたが無表情だった 
どうしたら良いのか分からないからだ
叔母さんは最後に
「お母さんを呼んでらっしゃい」
「うん・・・・」
 一郎は無表情のまま家に帰った そして家に付くなり泣いてしまった
 母にやっとその事を告げると 母はあわてて
「直ぐ行きましょう・・・一郎も来るのよ」と 泣いている一郎の手を
無理やり引っ張りクリーニング店に謝りに言った
 弁償する事を約束して家に帰ってきた
帰るなり母は大きな声で 今まで聞いた事の無い程の
かん高い声で一郎を叱った
「何で石なんか投げたの・・・そんなお金何処にあるの・・・」
 あの看板は中に明かりが点く 時別あつらいの 
かなり高価なガラスの看板だった
でもそんな事は一郎には分からない 
母の大きなヒステリックな声が怖かった
更に母は
「お父さんに何て言えばいいの・・・」と言う
母は同じ事を何回も言った
 一郎はそっと外に出た
 物置小屋の陰で しばらく棒のように立ったままで動かなかった 
外の寒ささえ感じなかった 
母の言った「お父さんに何て言えばいいの・・・」
との言葉に恐怖さえ感じた
 夜 父が帰ってくるまでの時間が 恐ろしく長かった
一郎は 言い訳を一生懸命考えた

 夕方 何も知らない父が帰ってきた 
そして母は昼間の出来事を告げた
「一郎・・一郎・・」
父の呼ぶ声に恐怖を感じ 一郎は声も出ない
そして父は言った
「わざとじゃないんだから仕方ないさ・・・・
一郎 これからは気を付けなさい」
 父の話はそれだけだった やさしかった 一郎は救われた

 子供を追い詰めると そこから逃れるために嘘を付くようになる
必ず逃げ道を作っておく必要がある
 父母の両方で叱るのは良くない 
特に父親がいつも叱ってばかりいると
子供がひねくれる場合がある 父が怒るのは一瞬で良いと思う
 その点 母親はいくら叱っても子供はひねくれない 
もちろん例外もあると思うが

 あの時の母のヒステリックな怒りは 
後から考えると分かる様な気がする
 それは 間もなくお姉ちゃんが小学校へ入学するからだ
 当時の都会の子は 小学校に入学するため 
新しい靴にランドセル それに文房具類や教科書までも
買わなければならないのだ
 更に よそ行きの真新しい服を着て記念撮影をするのが慣わしで
 間違いなく 我が家にはお金が必要だったのだ


 父は石炭の行商を始めた
やがて父は 会社を設立した
一郎の家は多くの人の出入りで賑やかになった
 この頃の数年間 一郎の一家にとって 
一番幸せな時であったかもしれない
 しかし一郎の家族に「のんびり」と言う言葉がない 
 朝から挽まで誰も彼も動き回るからだ 
たとえ日曜と言えども ゆっくり くつろいでいる
父母の姿を見た事がない 
生活のためにしかたのない事だったのかもしれない
 その血は一郎も受け継いでしまった

「暇でしょうがない」と言う人がいる
一瞬 うらやましいと思うが 正直腹が立つ
 なんてもったいない事をしているんだろう
「時は金なり」と言うことわざがあるが 私は違うと思う
 時は命その物だからです 金より尊いのです


 そんな忙しい中一度だけ海に連れて行ってもらった
混んでいる電車の中で 座っていた一郎は父に言われた
「席を譲りなさい」と
 大混雑の中 一郎はやっと届く つり革に必死につかまりこらえた
 一郎は体力の限界を超えていた
 それでも初めての海水浴に 姉と一郎は大はしゃぎだった 
もちろん泳げないので浅い波打ち際で遊ぶだけである
 少しして 膝程の浅い所で一郎は目まいを起こし倒れた 
どうやら そのまま波にさらわれたらしいのである
 気が付いたら砂浜で大勢の人に囲まれていた
 母の声が聞こえた 体が全く動かなかった 
父の背に負ぶさり近くの病院に担ぎ込まれた
 医者は 父母に病室から出るように言った
 胃から 海水や砂を吐き出すためだろうか 
のどに何かを差し込むんだ
 ゲー ゲー 何回も何回も 口から 鼻から 目から はき出した
極限の苦しさは 叫び声を上げる事さえもできない
 一郎が生まれて初めて味合う地獄だった
 医者は その様子を父母に見せたくないため
父母に病室から出るように言ったのだ

 後々まで父は「あの時一郎は一度死んだ」と よく言っていた
 現在 有体離脱なる現象を簡単に体験できると言う うさんくさい奴が
いるが 多くの体験は生死の境目で起きている
 一郎はこの時 自分の姿を上から見ていた
 夢と言う人もいるだろうが 鮮明で忘れないのである
明らかに 家に帰ろうとして電車に乗った ボックス席で前に座っている
人の顔さえはっきり覚えている 突然窓から飛び出し線路沿いに飛んだ
そして元の砂浜にたどり着き 自分を発見したのである
 京成線に当時 ボックス席の車両がある事を知らなかった
かなり後で知り やはりあれは京成線だったと分かった

 一郎は海が嫌いである
 中学校の時 体育の時間でプールでの水泳教室がある 
必ず欠席した 
全クラス全員での水泳大会もあったが 
3年間一度たりとも参加した事がない
 水に対する恐怖は一生涯直らないだろう
幼い時の思い出は楽しくなくてはならない


 そして 妹が生まれて6人家族になった
 姉は更に忙しくなり 一郎もすっかり兄らしくなり 
何処へ行くにも弟と一緒だった

 冬は徐々に訪れるが 我が家の冬は突然訪れる
冷たい雨が激しく音を立てて降る夜 襖を隔てた隣の部屋から 
父と2人程の誰かと激しく言い争う声が続いていた
 一瞬静かになったかと思えば 突然罵声が飛び交う 早口になったと思えば 又
静かになる 
 一郎は言葉の意味は分からないが 非常事態が起きている事ぐらい分かった
母は赤ん坊をあやし 一郎と姉と弟は こたつのを囲み静かに この争いの終わるのわ待った
 母はたまりかねたのか 赤ん坊を姉に渡すと その言い争いの部屋に飛び込んで行った
 長い時間が流れた 誰も寝ようとしない 更に長い時間が流れた

 それから数日後 見た事もない3人の男性が一郎の家を訪れた
父が留守だったため母が対応し 父が留守である事を告げた
しかし男達は大きな声を張り上げ 母を押しのけ玄関に入ってきた 
そして一人が敷居に腰掛けた 鋭い目そして乱暴で激しい口調に一郎は震えた 
 しかし母は全く退かず 毅然とした態度で対応していた
 一郎は驚いた 今までに是れ程たくましく 強く頼れる母を見たことがない
やがて3人の男達は帰って行った 
 一郎は心で叫んだ「誰か お母さんを誉めてあげて」
 つい此の間のテレビで 子猫を守るため 熊を追い払った親猫の映像を見た
あの時の事を思い出した

 数日後 2人の警官がきて 父母と長い話をしていた
 数日後 木枯らしが吹き荒れる寒い夜 包丁を隠し持った男が来た
「誰かを殺しに行くから」と父を誘いに来たのだ 
 父と母の懸命な説得が続いた その男はドサクサにまぎれてやると言うのだ
父母の説得に男は思い止まったが 悔しさに男泣きしていた 
母は急いでその男に食事を出した 木枯らしは更に強く雨戸を揺らしていた

 父の会社は連鎖倒産である 多くの被害者の一人が父である
 買ったばかりの母のミシン 母の鏡台 思い出の父のカメラ 
主なる家具類も持ち出された そして家の明け渡しまで迫られた
 多額の借金だけが残った 

 父は車のドライバーとなり 会社に勤めた
引っ越した家は狭く 弟が 「寝る所が無い」と 泣いていた
 寝ている父の寂しそうな背中を見た
父は大宅に 部屋の増設を頼んだが 断られた
 母は 毎月決められた日に決めれた金額を支払うため何処かに出かける
父は「もう一度 商売を始めるからな」と何回も言う
母は「お父さんは騙されやすいから」と反対する
 しかし父の願いも 借金を抱え家賃を払い4人の子供を育てながらでは 
会社設立の資金を貯める事など到底出来ない
 母の内職を姉も一郎も当たり前のように手伝った 
魚は骨まで食るのが当たり前だった
 学校の野外での行事に弁当を持って行くが 一郎の弁当は麦飯だ
白米に半分程度の麦が入っているのだ
 一郎は母に抗議した クラスの皆のと違うと 母は
「ごめんね・・・」と言い黙った
すかさず父が言った
「弁当の時ぐらい 何とかならないか 母さん」
母は黙って じっと弁当を見ている
 しまった 一郎は気が付いた 何でこんな小さな事で母を悩ますのか
母は謝る必要など無いはずだ 
 一郎は決意した 「今後小さな事にこだわらないようにしよう」と


 おおよそ借金とは人間らしい生き方を奪う場合がある
もちろん 何かを買うと言う目的があり 余裕の生活であれば別だが
 奴隷は自由がないが責任もない
借金は 自由がないだけでなく責任もある
 
 姉は小学校の6年なると 朝礼の司会や進行係をやっていた
一郎は誇らしかった 一郎も姉に続こうとした

 姉が中学に入学したとき しばしば学年トップの成績を上げて構内に張り出された
3年になると学校創立以来 初の女性の生徒会委員長に選ばれた
一郎も後に続こうと思ったが 姉にはかなわなかった
 姉はいつ何処で勉強していたのだろうか 家では母の変わりに家事はもとより
弟や妹の面倒まですべてやっていた 更に一郎はよく姉に勉強を教わった
自分の勉強をする時間がよくあったものだ コマクサ を思い出す
 父もPTAの会長に推薦されて困っていた
「何でこんな貧乏人に」と言っていた

 一郎が中学入学の時 叔父さんが着ていた学生服をもらって3年間着た
大き過ぎて恥ずかかった しかし「新しいのを買ってくれ」等と とても言えなかった


 教室の一番前の席に おとなしい小柄な子がいた 洋一と言う
目立たない奴だが 勉強は出来る いや勉強しかできない奴だ
あだ名は「ガリ勉小僧」である 陰では「ガリ勉野郎」とか言っていた 
 ある日の休み時間 一郎がガリ勉の前を通りかかった時
カードのような物を カバンの置くにしまうのを見た
「おいガリ勉 今の見せろよ」
一郎は軽い気持ちでガリ勉の前に手を出した ガリ勉は一郎を無視して横を向いている
「見せる位いいだろう」
 一郎は今度は ガリ勉の顔の近くに手を出した その時
突然 ガリ勉の拳が一郎の顔面に飛んで来た
 驚いたのは一郎だけではない 周りのクラスメイト達も驚き一斉に「オー・・」と
声を上げた すべての視線が一郎とガリ勉に向けられた
 教室の中は静まり 皆次の成り行きに注目した
ちょうどその時 授業開始のチャイムが鳴った 皆ざわめきながら自分の席に着いた
一郎は興奮している自分を抑え 席に着いた
 一郎の頭は混乱していたが 何があったか冷静に考えようとした
「何も悪い事はしていない・・・・何故・・・・皆の前で理由無く殴られたのだ
男としてこのまま済ますわけにはいかない・・・しかし何故」
 前の方のガリ勉を見ると しょげ返っているように見える
相手が悪すぎる いや弱すぎるのだ 喧嘩する相手ではない 殴り返しても何の自慢にもならない
かえって皆は ガリ勉の見方に付く可能性さえある」
 授業終了のチャイムが鳴り 長い授業が終った そして皆の注目のもと休み時間を迎えた
 一郎は一番前の席のガリ勉の前に立った
「おい ガリ勉・・・・」
ガリ勉は横を向いたまま振り向きもしない 謝る気配もない 覚悟を決めているのか
 一郎は思った「謝って欲しい それですむんだから・・・」だが何も言わない
 クラスの誰もがその成り行きに注目をしている しかし一郎はとても仕返しをする気にはなれない
一郎は勇気を出して言った いや 仕方なく言った 
「おいガリ勉 さっきの事は無かった事にしておくからな」
一郎は皆の視線を避けるため 薄暗い廊下に出た
するとガリ勉も小走りで廊下に出てきた そして一郎を追い抜き 一郎の正面に立ちはだかった
 ガリ勉は無言で握手を求めてきた 一郎は首を小さく縦に振り 無言でガリ勉と握手した
無言でもお互いの気持ちはすべて分かった 

 数日後の放課後 ガリ勉は一郎を誘った 
「俺の家に寄っていかないか」
「え・・・・ああ いいよ」
一郎はちょっと驚いた
 ガリ勉には友達がいない おとなし過ぎるからだ それだけではない 
誘うと必ず断るからだ そしていつも下を向いて歩いている 
背が低い事もあるが クラスの皆が思っている
「いるかいないか分からない・・・付き合いずらいガリ勉野郎」
そのガリ勉が一郎を誘ったのだ 

 たわいも無い話をしながら 大通りから路地に入った
ガリ勉の事を硬い奴 難しい奴と決め付けていたが 話をするとそうでもない  
右に曲がり左にまがり一郎も来た事もない所に来た
「ここだ・・・あがっていけよ」
 二階建ての木造の家だが どうにも低い 普通の二階建ての家より低いのである
更に良く見ると 土地の形に合わせて立てたのだろうか少し変形している
 引き戸を引いて小さな土間に入った 直ぐ前の部屋に女の子がいた
「俺の妹だよ」
一郎は元気良く
「こんにちは」と挨拶すると ガリ勉の妹は恥ずかしそうに 
軽く頭を下げた
 ガリ勉は 梯子のような粗末で急な階段を 
猿が木に登るように上り 二階に案内した
思った通り天井が低い 一郎の背丈なら何とか頭がぶつからないが
背の高い人は 腰を屈めなければならないだろう
 背の低いガリ勉には丁度いいかもしれない
 ガリ勉の父親が作ったそうだ 
壁は大きさの違う板を無理やりつなぎ合わせたようで 
とても綺麗とは言えない しかし天井に張り付いている明かりは 
最近出始めたばかりの蛍光灯だ 
 一郎は その部屋の奥を見て驚いた 
何段もの棚に綺麗に整頓された大量の本だ
「いやーすごいなー・・・ずいぶんあるなー 
何十冊どころじゃないな 何百冊だなー
これ全部ガリ勉のか」
「そうだよ」
 汚い部屋に似合わないように 沢山の単行本や参考書や少年雑誌まである 
「本屋に来たみたいだ ガリ勉が勉強のできるわけがわかったよ 
本当にうらやましいよ 俺とは環境が違う」
  ガリ勉は直ぐ否定した
「何言ってんだよ これみんな俺が働いて自分で買ったんだ」
一郎は又驚いた まさか いや本当なのか すごい
「おいガリ勉 お前働いてる・・・・本当か 新聞配達か」
ガリ勉は又否定した
「いや違う 新聞配達じゃ少なくて駄目だった・・・自分のためじゃないさ
家のために働いたんだ 今日はその事で一郎を呼んだんだ・・・・
 この間一郎に見せなかったのはこれだ」
ガリ勉は机の引き出しから一枚のカードを取り出して 一郎に渡した
二つ折になっているカードで中を開けてみた 幾つもの印鑑が並んで押されている
「何だこれ おい説明してくれよ」
「あー俺 ゴルフのキャディーやっているんだ 殆ど毎日ね 日曜は朝から晩までだ
荒川の河川敷に 都民ゴルフ場と言うのがあるの知っているか あそこだ
そのカードに印鑑を押してもらい 月末に清算するんだ」
 一郎は知っていた 広い河川敷で友達や兄弟等でも何度も行った事がある 
学校の行事で小学校の遠足や 写生会等でも行った事がある 
 しかし突然 建設機械等が入り立ち入り禁止になり いつしかゴルフ場になっていた
 友達とゴルフのプレーを見ながら
「都民ゴルフ場って 都民のためのかよ 一部の金持ちのためのじゃねえかよ 
俺達の遊び場を奪いやがって」
と批判した事があった
 一郎は感心した そして誉めた
「ガリ勉は 大人だな すごいぞ だけど何で内緒にするんだ 
その必要はないと思うよ 大いに自慢していいんじゃないのか」
 ガリ勉は説明した
 父親が大酒飲みで家に給料を入れない 家に帰ると大暴れする 
ガリ勉は二人の妹をつれて 何度も外へ避難した 
 そのうち父親は肝臓を壊し入院した 退院して酒と縁を切る事を宣言した 
家族は喜んだ しかし父親は酒を飲まないようにするため 
腹いっぱい飯を食べるように心がけた
そのため太り過ぎ 今度は高血圧と糖尿病になってしまった 
 そのため勤めていた会社を辞めた
母親とガリ勉が一家を支えるしかなかった と言う話だ 
ガリ勉は言う
「自慢できるわけないだろう 一家の恥をさらす事になるんだ 誰にも言えないよ 
だけど一郎にだけには話しておくよ」
 一郎は自責の念にかられた ガリ勉が勉強ができるのは
環境が良いわけではなかった 環境は最悪だった 
 
 部屋の奥に リンゴ箱をひっくり返したような机があり 
その上に汚い電気スタンドがある
「おい あれが勉強机か」
「そうだ 勉強机も電気スタンドも俺が作った」
 ガリ勉は電気スタンドが出来上がるまでの苦労話をした
 拾ってきた板を切り ペーパーで磨き エナメルを塗って綺麗にし
傘の骨組みをもらって来て 母に薄い布を縫い付けてもらい 完成させたそうだ
 ガリ勉は誰かにこの話をしたかったのだろうか 生き生きと語るのだ 
一郎はガリ勉を誉めた 関心してやった
 学校では見たことのない ガリ勉の笑顔を見た

 一郎とガリ勉との出会いは本との出合いでもあった
 ガリ勉はいつでも快く貸してくれた そしてガリ勉と競争するように 
様々な本を読みあさった
 難しい文学書の内容を 生意気に語り合う事はとても楽しい事だった
詩歌を読み その感動を語り 理解する相手がいる事は喜びであった
 一郎は その頃から漫画本を読まなくなった そしてガリ勉の事を尊敬の念を込めて 
馬鹿にしたようなあだ名を止めて 洋一よ呼ぶ事にした

 ある日 体育館での授業が終了し 皆教室に戻って来た時の事だった
区会議員の息子の佐藤勇と言う男が突然騒ぎ出した
「誰だ 俺の金以って行った奴は・・・」
皆驚き注目した 
「さっきまであったんだ」
勇は周りの皆に
「ここに入れて置いた」と 一生懸命説明している様子 
周りの皆から
「良く探せよ・・・」と言われていた
勇は教室の皆に向かって言った
「最後に教室から出た奴は誰だ そいつが一番あやしい・・・」
勇は何の思慮もなく決め付けたのである
 一郎は体操着への着替えがかなり遅れて 
体育の授業が始まる直前に体育館に駆け込んだ
一郎は腹がたったが 知らん振りをしていたが 誰かが一郎の名前を言った 
「一郎 知らねえか」
一郎は驚いた 腹がたった そして言い放した
「ふざけんじゃねえよ この馬鹿ヤロー知る分けねだろう おめえ見てたのか」
すると勇は
「誰か見てた奴いないか・・・」
一郎は絶えかねて席を立ち 勇の席の前に立ちはだかり言った
「勇 ふざけんなよ 俺は頭にきている」
勇は憮然と言い放した
「なにも一郎だと言ってねえだろう 疑っているだけだ お前の親父さんケチだからなあ」
 一郎はついに限界を超えた
「なに この野郎 立て」
 勇の胸倉を掴んで無理やり席から立たせた そして殴りかかろうとした その時
前の席から大きな声がした
「一郎じゃない・・・・」
洋一だった 後ろの皆に向って大きな声で言い放したのだ
皆は注目した 洋一は更に言った 
「一郎は 目の前に札束があっても 絶対手を出すような奴じゃない」
 皆 唖然とした いつもおとなしい洋一がクラス全員に向かい 
声を張り上げ堂々と言い切ったのだ
 是程の説得力はない 教室は静かになった そして何処からか
「そーだそーだ」と言う声がした
一郎は冷静になれた「皆は分かっているんだ・・・こんな馬鹿を殴る程の価値もない」
一息入れてから 勇の胸倉から手を離した
 何事も無かったように授業が始まった
一郎は洋一の勇気と友情に感激した
 程無く なくなったはずの金が何処からか出てきたらしい
誰かが皆に言った
「勇の勘違いだってよ」
当の勇は謝りもしない 何事もなかった様な振りをしている

「お前の親父さんケチだからなあ」
と言われて確かに腹が立った
 此の頃 学校の行事に 良く寄付があった
一郎の父は その寄付をしなかったか 少ししかしなかったのだろう
誰かが父の事を会長としてケチだとでも言ったのだろう 
 一郎は少しも恥ずかしいとは思わなかった 逆に父親は偉いと思った
少しも見栄を張らず ありのままで堂々としているからだ


 寒い日の朝 姉が起きない
 姉はいつも早く起きて母の手伝いをする そして弟や妹を起こすのも姉の役目だ
そして登校も早い しかし今日は違う
 母は「早く起きなさい」と姉に何度も催促する 不思議な光景だ
一郎は朝食を済ませ さっさと学校へ登校した
 同じ中学校に通う三年の姉と一年の一郎だが 一緒に登校した事は殆どない
姉は早く登校し 一郎はギリギリに登校するからだが 

 次の日も姉はなかなか起きてこない
母の再三の催促に やっと姉は起きてきた
 一郎は少し不安になった いつもの姉と違う
一郎は姉を心配しながら家を出た

 昼休み 一郎は3年生の校舎に行き 姉のクラスに様子を見に言った
姉のクラスの生徒に直ぐ見つかり 何人もの女子に囲まれてしまった
「弟だから君も頭が良いんじゃない・・やっぱり似てるよね・・何の用なの
何時頃まで起きてるの・・・」
矢継ぎ早に色々聞かれたが 適当に答えていた 
「いや そんな事ないですよ ちょとここ通っただけで 用はないんです」
一郎は早々に退散しようと思った しかしその時 
「ねえ 姉さんどうしたのよ 昨日から休んでるよ」
「風邪でもひいたの 大丈夫なの 休んだ事なんか無いのに」
一郎は返答に困った 知らないからだ 冷汗をかく思いで答えた
「はい 大丈夫です 明日は来ますから」

 何があったんだろう おかしい 家を出ているはずだ
 その日の夕方 何事も無かった様に姉は帰ってきた
一郎は 今日の昼休みに姉のクラスに行った事を言えなかった

 次の日の夕方近く突然 姉の担任の先生が我が家に来た
母は突然の事に驚いた様子だったが 居間に案内し茶を出していた 
一郎は挨拶を済ますと 邪魔をしないように弟達と隣の小さな部屋に移った
 担任の先生は姉に 
「元気そうだな安心した でもどうしたんだ」
姉は黙っている 担任は母に聞いた
「三日も休んでいるもんで 今日は心配して来てみました どうしましたか」
一郎は 静かに耳をそばだてて聞いていた
母は驚くかと思ったが 意外に冷静だった 
「すいません連絡が遅れて 明日から登校させますから安心して下さい」
と言い 隣にいた姉を問いただす事もしなかった
 母は何か知っていたのだろうか 担任は安心して帰っていった 

 数日後の夜 三人の先生が我が家を訪れた
先生と父母との会話を隣の部屋で聞いていて やっと分かった
 高校進学を諦めるよう父母から言われ 姉はかなり落ち込んで 学校を休み 
登校する振りをして 埼玉のお雪婆の所に行ったのだ
 お雪婆からの連絡で母はその事を知ったが 知らない振りをしていたのだ
母はお雪婆を信頼していた 又頼っていたのかもしれない
 三人の先生は父母を説得に来たのだ
「何処の学校でも受かるのに 何とかなりませんか」
「アルバイトをしながらでも 又 夜学でも良いのでは」と
 父母は「借金に負われ 苦しんでいる事 間もなく55歳の定年を迎え
今の会社を退職しなければならず その後の仕事に不安がある事 
大病を患ってから体力が普通の人と比べて無い事」
等を説明していた
 父と母の年の差は確か22歳と聞いていた 一郎は「定年」と言う言の意味を初めて知った
 母は父の事をしばしば笑いながら言っていた
「病気をしてから お父さんは頭が悪くなった」と
父は 体力が無い事を隠すため 頭が悪くなった振りをしていたのかも知れない 
 三人の先生は「我が校最大の功労者だから学校で応援する」事を約束した
最後に父は「考え直す」と言った 
 その瞬間 隣の小さな部屋のコタツで 静かに聞いていた姉は泣いた
 
 一郎は息苦しい様な衝撃に襲われた 
 この息苦しさは何処から来るのだろうか 良く分からない しかし 
悲しさの奥の方から 突き上げる様に 跳ね返る様に 何者かが襲って来て
大きく覆いかぶさるのだ 
 そして 黒い霧が立ちこめ 目の前のすべてが霞んでしまう 
そしてその黒い霧の中で響く物音は 耳鳴りの様にわずらわしく 頭の中で暴れる 
 ため息は呼吸する度に休み無く続き 口は縫いこまれた様に重く 
叫び声さえ出ない
 思考力も弱く 過去を振り返るのみ 時は動かず止まったままだ
 いつの日か 今日の日を思い出すため命に刻み付ける

 一郎はいつしか苦しみの世界の奥深くに入っていった
 その苦しみから逃れるため 頭の中を空っぽにして
何も考えないようにした 
 ほんの少しでも考えると 何者かが襲って来る
それでも一郎の意思とは関係なく 色々な思いが駆け抜けて行く 
様々な人が語りかけて来る
 一郎はその一つ一つに首を横に振り否定し 消し去ろうとした
しかし 自分の意思が自由を失い 頭の中は混乱し始めた
 
 一郎は怒りの世界に入っていった 
 何もできない自分への怒りであり 父母や姉を苦しめている 何者かへの怒りである
そして 静かな湖面に いきなり岩石を放り込む様に結論を出した
 一郎は復讐を誓った 見えない敵への復讐である
そして 燃え上がる様に決意した 
それは何があっても 誰に反対されても決して変わらない決意である


 広く明るいロビーには 音楽が流れていた 傍らのソファーには 
幾人かの人達が煙草の煙を立ち上らせ くつろいでいる 
又 笑顔でにぎやかに語り合っている人達もいる
 ゴルフ用品が展示されている 綺麗に飾られたコーナーの横にカウンターがあり
受付の女性が 忙しそうに客に応対していた
 大人の世界の選ばれた人達の来る所だ そのためか 
一郎は場違いのように感じがして少々緊張した

 一郎は洋一の案内で奥の「事務所」と書いてあるドアーの前に立った
洋一は「失礼します」と言い ドアーをたたいた
「はい」と誰かが答えたので入った
 さほど広くない部屋に幾つかの机が並び 二人の男性が机に向かい仕事をしていた
30歳程の色の浅黒い男が振り向いた
「ん・・誰」
「キャデーの佐藤洋一です」
「で・・何・・」浅黒い男は洋一の方をチタチラ横目で見ながら 仕事を続けていた
「友達なんですけど キャデーやりたいって言うんです」
「あそう・・・今度ね・・・募集がある時 面接に来な」男は一郎の顔をチラチラ見ながら
更に仕事を続けている 一郎は頭を下げて元気良く挨拶した
「内田一郎です よろしくおねがいします」
男は仕事をやめて正面に向き一郎の顔を見た
「よし 覚えておく・・・内田一郎だな・・・・三ヶ月後に又合おう・・・」
すかさず洋一が言った
「こいつ 直ぐやりたいって言うんです・・・駄目ですか・・・」
一郎も言った
「直ぐやりたいんですが・・・・」
色の浅黒い男は仕事の手を止めて、一息付いてから椅子から立ち上がり、
一歩二歩近ずいて来た 背が高い 
一郎と洋一の真正面に立って言った
「あのなあ 三ヵ月後なんだよ 途中からは雇わないんだよ 今日は帰んな」
見下ろされながら冷たく言われた 洋一は下を向いた 一郎は男を見上げて言った
「三ヶ月も待てないんです お願いします」
「あのなあ 僕にお願いされても困るんだよ 決まりだからな
決まりは守るためにあるんだ、そうだろう 
此の間の募集の時 何で来なかったんだ」
「知らないかったんです」
男は首を縦に振りながら言った
「ああそう それは残念だったな 今度はこいつから連絡してやる それでいいだろう」
浅黒い男の声は冷たく響いた 一郎の心臓の鼓動は背中にまで響いた
 洋一は下を向いて黙っている しかし一郎は勇気を出して言った
「一生懸命にやろうと思っています お願いします」
更に冷たい言葉が返ってきた
「おい小僧 この仕事は何時でも誰でもどうぞ と言う分けにはいかないんだよ
キャデーだってそれなりに訓練が必要だ 何にも知らない奴がいると皆が
迷惑になるだけでなく客に失礼だ 駄目なのは駄目 決まりは決まり 
 俺は今忙しいんだ 仕事の邪魔しないようにしてくれ 帰んな・・・」
 男は一郎達が事務所から出て行くのを見届けるつもりなのか 
腕組みをして仁王立ちになり動かない
ここまでか・・・
 一郎が洋一にキャデーの仕事の紹介を頼んだ時 洋一ははっきり言っていた
「途中から雇われる人はいないよ 新人は講習を受けるんだ 途中から一人だけ特別に
と言う分けにはいかないよ 俺なんかが頼んでも絶対無理だよ 三ヶ月後だね
 それも中学生なんか一番最後で 足らない分だけ雇うんだから 
雇われるかどうかさえ分からないよ」
 一郎は洋一の性格を知っていた 弱気の所があり消極的な面がある そのため
最初から駄目と決め付ける悪い癖があるのだ
一郎は分からない事に対しては 強気で結論を出すのだ
 しかし 今日は一郎の勇気もここまでだ 男に返す言葉が浮かばない ついに一郎も下を向いた
その時下を向いていた洋一が突然言った
「こいつ 困っているんです・・・・」
男は語気を強めて言い返した
「困っているのは俺の方だ お前らが帰らないと仕事が終わらないからな」
一郎は諦めたが 最後の勇気を搾り出して言った
「どうしても駄目ですか」
男は冷たく言った
「駄目だ」
「分かりました・・・・帰ります」
男はニヤっとして言った
「ああ そうしてくれ 俺は助かるよ」
 その時 豪快な笑い声が奥の方からした 
事務所の奥にいたもう一人の 体の大きな髪の毛が少々薄い男だ 
「お前ら豊中だな 良い度胸してるな・・・・中川 こいつにやらせてやれ」
色の黒い男は中川と言う名前らしい、そして言い返した
「部長 本当にいいんですか 中学生ですよ」
「ああいい 中川 お前が面倒見ろ」
中川と言う男は 一郎の頭を平手で軽くポンポン叩きながら言った
「俺が教えるんですか こいつに 名前何て言ったっけ」
予想外の展開に一郎と洋一は元気良くお礼を言った 
奥の体格の良い部長は微笑を浮かべ
「頑張れ」と言った

 平日、学校から帰ると直ぐ自転車に乗り換え 真っ先に受付にカードを差し出すのである
 早い者から順に仕事が来るのだ
 日曜はお客が多い 朝から晩まで切らさず働ける

 「一郎 一郎」 
 母の声で目が覚めた
夕飯の直前で寝てしまったのだ
「どうしたの一郎 おかしいよ たまに早く帰ってきたと思ったら」
 一郎はいつも家族そろっての夕食に遅れるが 言い訳はいつも同じだ
 生徒会の役員会や クラブ活動や 洋一の家での勉強に付き合っている 等である
そのうち 夕食の遅れるのが当たり前になり 父母は理由を聞かなくなった
今日は雨で客は来ない 一郎は救われた
 疲労の極限に達していた その疲労が次の日まで残る事も分かった
 時間が少しあると寝てしまうのである
母が言った
「何処か 体が悪いんじゃないの 熱ないの」
一郎は即座に起きて 「夕べ遅かったからね・・・寝不足 寝不足」

陽一から何度も言われた
「週に一日は休まなければ続かないぞ」
「頑張り過ぎると 何かで失敗するぞ」
しかし一郎は聞かなかった
しかし不思議なもので 一ヶ月もすると体がなれて 疲れも眠気も出なくなっていた
しかし 一郎の 授業中での居眠りは 次第に有名になっていった

毎月十日が待ちに待った給料日だ
時間前なのに多くのキャデー達がにぎやかに待っている
一郎も陽一もその中にいた

「ご苦労様」
一郎の初めての給料だ
封筒を覗き込み確認した 
めったに見る事がない千円札に感動した その時 十円玉が一つ地面こぼれた

近くにいた 女性が拾ってくれた
「汗の結晶ね」と言い一郎に渡した
「ありがとう・・・あ」一郎は思い出した 
彼女は 一郎が初仕事の日に お客とコースを回った時
一緒に回り色々とアドバイスしてくれたキャデーなのです
しかも彼女は二人分のバックを担いでいたのです
「あの時 色々教えてもらい ありがとうございました」
一郎は軽く会釈した
「もうすっかり一人前だね いやーたくましいね 内田君だっけ」
そのしゃべり方も ショートカットの風貌も 
働き方も 男の様である 日焼けした ちょっとかわいい男である

 家に帰り ちゃぶ台を足場にして神棚の横の奥にある貯金縛をおろした
2数枚の千円札を素早く畳み押し入れた 小銭も残らず入れた 
誰にも分からないように そして そっと元に戻した
以前 父が板で作った かなり大きい貯金箱だ 
いつだったか 父は その貯金箱を母の目の前で開けた
母は子供のように歓声を上げた 忘れられない





     秋まで休止


なかなか 筆が進まない 理由があります

 現在の豊かさの中では決して無い
とか 人間の言葉をもってしても
表す事ができない とか 書いたかもしれないが
まさにその壁に突き当たったのです

映画の予告編のように言えばですが
 

二学期の終了日だった 
担任は 一郎の父母から 「息子を褒めて下さい」と
経緯を聞かされたのです その事をクラスの皆に話したのです
そして
「皆の中にも新聞配達をしている子 家の仕事を手伝っている子
お母さんのお手伝い 妹や弟の世話等 頑張っている子が沢山いる
その子等を代表して 一番頑張った内田勇君に
表彰状を送ります」と言い 
藁半紙で作った簡単な手作りの表彰状を
クラスメイトの拍手の中 うやむやしく勇に渡したのです
しかし 一郎はその表彰状を その場で友人の洋一に渡したのです
教室がざわめく中 一郎は皆に向かい言ったのです
「皆 聞いてくれ・・・・」
一郎はいつも思っている事を言ったのです・・・・
「・・・洋一は何年も前から働き 一家を助けているんだぞ、
俺は成績はガタオチだが 洋一はクラストップだぞ
勉強机も 本棚も 電気スタンドも 全部自分で作ったんだ」
・・・・一郎は 洋一のすべてを話したかった
しかし 言ってどうする 分かる奴はいない
・・・・複雑な思いが絡み合い 言葉を止めた
そして 最後に一言言った
「・・・知っているのは僕だけだ」

一瞬の静けさ・・・・クラスメイトはすべてを理解した 
口々に洋一を讚え 立ち上がり拍手を送った
洋一は 下を向いたまま石のように動かなかった
しかし洋一の涙は隠せなかった 
 担任の先生は「天知る 地知る 我知るだ 頑張った皆に拍手だ」と言うと
「オー・・そうだそうだ」
飛び交う 友人達の名前 いつまでも止まない拍手と歓声 
共に讃え喜ぶ 笑顔
 名画のような 心に刻まれた光景
 天も讃えん 虹よかかれ と祈り 終わります




コマクサは
最も厳しい環境で咲く高山植物の女王です 
蓮の花は
泥沼が深ければ深い程 大きな花を咲かせるのです
しかも決して泥に染まらず

本当に苦労した人は 苦労したとは言わないものです
言っても 理解する人がいないからです
その人にとって 立ちはだかる壁は 日常茶飯事なのです
負けない人生の基礎が築かれるのです
 
現実を逃避して
のんびり 好き勝手に生きる事は
自由で良いかもしれない
しかし 本当の喜び 本当の自由は分からないのです
苦難を乗り超えての喜びは 責任ある自由人なのです









  本当の幸福とは 人間の目的とは

 あまりにも難しく遠大な問題だが 多くの詩人が文学者が
先哲が聖人が述べている「遠くにあるのではなく直ぐそこにある 
更に自分の中にある」と言うのが結論だと思う
 その事を述べれば延々と話さなければならなが 
結局付け焼きの話になるのではないかと心配する。
 聞いた話 読んだ本の話に何かを付け加えて話をする事くらい 
誰にでもできるが それだけでは説得力がない
 百万の学者の理論より 体現した人の言葉が正しく説得力がある
 うまい演説をする政治家より 成果を出した庶民の方が風格がある
 先哲の話を自分の血肉にしないで 実践し体現しないで
頭で理解しているだけで 他人を心底理解させる事など
出来るわけがない
自分は何処からきたのか そして何処へ行くのか 何のために

いかに生きるかを教え 学ぶ人は多い 
しかし死を正しく語る人は少ない
誰でも必ず訪れる大問題 是を避けて現代文明は築かれた
現代文明がかかえる多くの矛盾 問題は ここにあると断言できます
   


  私の夢に見た幸福 

 数年前 理屈を抜きにして 究極の幸福を夢で見た
心のあり方だったようだ 

 私は 緑の小道をゆっくりと歩いていた 
 青い空に白い雲 ほのかに草の香りがそよ風にふかれて漂う
少し離れて家族がおしゃべりをしながら付いて来る
遠くから 人々の会話をする声が聞こえる 
そこに「何も心配ない」自分がいた
 これだ「私が長い間求めていた本当の幸福はこれだ」
と確信したのです
 それは 
使え切れない程の大金を手にしたわけでもない
権力を手に入れ 人の上に立ったわけでもない
有名人になって テレビに出るわけでもない
豪邸に住んで皆からうらやましがられるわけでもない
ブランド品で身を包み 高級車に乗るわけでもない
豪華な食事を毎日するわけでもない
豪華客船に乗って 世界一周をするわけでもない
「何も心配ない自分がいる事が最高の幸福なのだ
私の最終的な目的なのだ」と思ったのです


 しかし現実の生活の中では、心配事が多過ぎて良いのかも
心の休まる時が無く いつも走り続けていて良いのかも
 裏を返せば 夢や希望や理想や目標が自分の能力に似合わず
高すぎるのかもしれないが それで良いのかも
 それだからこそ頑張れるのかもしれない
目標を低くして「もうこれでよし」と満足してしまえば 
精神的に老いてしまうかもしれない
歴史に上 人類に貢献した多くの人物は 皆 最後まで走り続けている
スローライフなる生き方は結局 「自分さえ良ければ」と言う 利己主義
ではないだろうか
他人の不幸は目をつむる 自分にとって都合の良い事しか認めない
いや 知らないのかもしれない いや 知ろうとしないのかもしれない
いや どうしようもない と あきらめているのかもしれない

釈迦は 快楽主義も 難行苦行も 否定した
末法(現代)の四菩薩の名前にすべて「行」が付いている
行動 実践を意味している
聖書の冒頭の「初めに言葉ありき」をトルストイが否定して
あのファウストでは「初めに行為ありき」から始まる



















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