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 まえがき

  戦後、荒廃と窮乏の中、戦乱から解放され
た多くの庶民は、昨日まで信じていた価値観
を捨て、新しい憲法の元、理想を掲げ、希望
を求め、社会の複雑さに戸惑いながらも、生
きるために、生活を守るために、がむしゃら
に働き、たくましく突き進んでいた。
 殆どの人は贅沢とは無縁ではあるが、戦争
がない事に幸せを感じたり、腹いっぱい食べ
れる事に幸せを感じたりしてた。

 その多くの貧しい庶民の中に、思いがけな
い悪縁により置き去りにされた、更に貧しい
不運な人達がいた。
 その厳しい環境の中で生き抜き、負けなか
った人達がいた事を、小さな美しい花を咲か
せた事を知ってほしい。
 そこには求めても得る事の出来な
い心の内なる輝きを見つける事ができる。
 それは、厳しさの中で得た『暖かい主体的
な理性』とでも言えるのかもしれない。
 それは、人間の言葉をいかに駆使しても言
い表す事の出来ない魂の奥深い姿であり、伝
え難い叫びでもあるのです。
 
 見捨てられた高山のガレ場に根を下ろした
コマクサは、吹雪に向かい、雄々しく生き抜
いた。そして、小さな美しい花を咲かせた。 
 そして、すべての役目を果たし、笑みを浮
かべながら、この世の舞台から静かに去った。
 誰か称えん。

 生々流転しゆく社会の中で、取り残された
人々の心の叫びを、あますところなく写し取
り、それを伝える言葉などあるのだろうか。
 この物語は、極限の中での家族愛を、そし
て友情を、幾筋もの光を当てて表し、伝え難
い思いを伝えようと書き記したものである。


 コマクサ    
             rokusann
  (1)
 お雪婆は見た。
 不気味な光が台地を這いずり回る様を。醜
い雲が沸き上り、満天の星空を覆い隠す様を。   
 遥かな地平を赤く染める血の流れを。

 お雪婆は聞いた。
 絶え間なく響き渡る大地の震えを。寒風の
中、狂ったサタンの雄叫びを。

 お雪婆は祈った、
 ひたすら天に届かんと、人々の悲鳴に答え
んと。寒さを忘れ、時を忘れ、唇が渇き、倒
れる程に。

 一九四五年三月十日未明。
 三百機のB二九の編隊は、東京の下町を中
心に、大規模な無差別攻撃を開始した。二千
トンの焼夷弾を雨の様に降らし、大火災を発
生させた。
 この日だけで焼失家屋は約二七万戸に達し
、死者は十万人以上、罹災者数は一〇〇万人
以上に達した。

 お雪婆は見た。
 冷たい北風に向かい、曇天の下、果てしな
く続く行列を。
 蟻のように、いや、くたびれた蟻のように
転々と、又、帯のように長く長く果てしなく。 
 誰も彼もが黒くにじんだ服に、ススけた顔
に、腫れあがった赤い目をしている。
 頭からボロ着れをかぶり、人とは思えぬ哀
れな姿の人もいた。僅かな荷物を背負う人や
、首から肩から、汚い袋をぶら下げている人
もいる。逃げていく哀れな敗残兵のように、
ひたすら北へ北へ。
 穴のあいた服を、恥ずかしげもなく着こな
す夫人もいた。誰の助けもなくヨロヨロと歩
く初老の人もいた。中には怪我をして、その
まま傷口を晒している人もいた。赤く滲んだ
布切れを巻き付けている人や、ひどい火傷で
顔をしかめながら苦しそうに歩く人もいた。
 すべて失い 命一つで故郷に帰るのであろ
うか、誰も言葉を失い、ひたすら北へ北へ。 

 何処の農家も見て見ぬふりをしていた。中
には雨戸まで閉めて、あえて家の中に引きこ
もり外へ出ない人もいた。
 戦時中である、人々の感覚は麻痺し狂わせ
ていた。誰も信じられない殺伐とした世の中
だ、我身を守るだけである、仕方のない事か
も知れない。

 お雪婆は、桶に水を汲んできた。
「目を洗って行って下さ~い」
 言葉を失った表情のない人達が、感情を思
い出したかのように、
「ありがとう、ありがとう」と、何度も何度
も言うのである。
 お雪婆の周りには、安堵した顔が並んだ。
 お雪婆の行動に、周りの農家の人達は初め
は黙って横目で見ていたが、良心を思い出し
たのであろうか、見て見ぬ振をする事は、苦
しい事に気が付いたのであろうか、自然にお
雪婆の振る舞いに続こうとした。
 火傷や怪我の治療が多く、ドロまみれの傷
口を洗い流す事ぐらいしかできないが、農家
の長老が。
「それでいいんだ。殺菌が一番大事なんだ。
布を直接巻くな。油を練ってやれ」と、色々
と指図していた。
 肌が黒くなるほどのひどい火傷の人もいた
「さほど痛くない」と言っていた、この先の
病院を紹介されていたが、治療を受けられた
だろうか。
 人の輪ができた。下町の悲惨な状況が何時
までも語られた。奇跡的に助かった訳を皆が
語っていた。生きている事の喜びが語られた。
  遠い故郷までの道のりが、思いが語られた。
  中には、疎開する人を『卑怯者』であ
るかのように言った軍部に、不満をぶつける
人もいたが、皆に静止させられていた。
   
 一九一五年八月一五日
 正午からラジオで放送された玉音放送によ
り、ポツダム宣言の受諾により、日本の降伏
が国民に公表された。

  (二)
終戦直後、焼け落ちた家の一角に座り込み、
いつまでも動かないお雪婆がいた。
 一郎をおんぶした母が声をかけた。
「どうしました、お婆さん」
「・・ああ、何か形見の品でもねえかと思う
て、土を掘ってみたがよ・・・何もありゃあ
しねえ・・・皿の欠片が出て来ただけじゃ・
・・それだけじゃ」
 母は尋ねた。
「お身内の方のですか」
「そうじゃ、婆は疎開する前、息子とここに
住んでおったんじゃが、あの空襲以降、息子
からは連絡が来んでのう、何処で死んだもの
やら、全く分からんでのう」
 母はおおよその事情は分ったが心配して言
った。
「それはお気の毒です、ですがお婆さん、ど
ちらからいらしたのか分かりませんが、もう
帰らないと日が暮れますよ」
「いや、ありがとう・・・そうだがね、もう
しばらく息子とここにおるよ」
 一朗の母は家に帰るや、その事を父に告げ
た。
 十年近く母子で住んでいたが、八月十日の
大空襲の前に、お雪婆だけが近郊の実家でも
ある農家へ疎開していたそうだ。
 母は父に聞いた。
「お父さん、その息子さん技術者ですよ、そ
の人の事知りませんか。直ぐそこに住んでた
んですって」
「うーん、それだけじゃ分らんな、その人は
どんな仕事してたのかな、気になるな」
 父は母にその場所を聞くと、すかさず家を
出て行き、そのお雪婆のいる焼け跡に向かっ
た。
 しばらくして父が、お雪婆の手を引いて帰
ってきた。 
「母さん母さん、うちの会社に関係のあった
人らしいぞ。多分、取引先かお得意さんか、
だと思うよ。
 母さん、今日一晩泊める事にした、いいだ
ろう。お雪婆はこれから帰ると言うが、今か
らだと大変だから『明日にした方がいいよ』
と言ったんだよ。それに、もっと詳しく聞き
たいからな」
 どうやら、空襲で破壊された父の会社に関
係のある、業者の人らしい事が分かった。
 いや、父にとっては、そんな事はどうでも
よかったのかも知れない。亡くなったお雪婆
の息子さんとは会った事も無い、他人である。

 父の勤めていた会社は、この地域ではかな
り大きく、会社の周辺には、何らかの取引の
ある、関係のある中小の工場が多くあった。
 父は終戦を迎えると、一早く母の実家の疎
開先から家族を呼び戻した。母と姉、そして
生まれたばかりの一郎である。
 一朗の自宅は、あの三月十日の大空襲で、
父の勤める会社と共に焼け落ちてしまい、今
住んでいるのは、奇跡的に焼け残った会社の
社宅の一軒だ。
 食糧難を乗り越えた一郎の一家も、何とか
生活も安定し始めていた。
 その頃、父は多くの同僚や部下を亡くした
事に対する自責の念にさいなまれるようにな
っていたと言う。
 それは、大きな工場内の空き地に、大きな
防空壕を作った事だったのだ。   
 あの三月十日の大空襲で、工場に対する集
中砲火は激しく、安全と思われた、その防空
壕に非難した人達に悲劇が襲ったのだ。殆ど
全員死んだのだ。
 その多くは、父の会社の部下や従業員であ
る、空襲警報が鳴るたびに『工場を守る』、
と言う名目で、ここへ避難しにくるのだ。
 父の会社は軍需関係の工場だったため、徴
兵されずに工場に残った人もかなりいた。最
低限の技術者や指揮を取る役員等がいなけれ
ば製品が完成しないからである。
 一郎の父も徴兵されなかった一人である。
 特に副社長としての立場から、製品を作る
責任と工場を守る責任と共に、従業員を守る
と言う責任もあったのだ。
 父は、防空壕に逃げるチャンスを逃し、街
中を炎に終われ逃げ回っていた。皮肉なもの
で、その父が助かってしまったのだ。
 決して父のせいではないが、少し酒が入る
と親しい友人を思い出し、嘆いたり愚痴った
りするのである。
「大黒柱を亡くして家族は大変だろうなあ。
 あいつには田舎に父母がいる、気の毒な事
をした」等と語っていたそうだ。聞かされる
母が大変だったらしいのである。
 初めて会ったお雪婆を家に連れて来たのも
分かるような気がするのである。
 又、父の一家は離散し、小さい時から養子
に出されたため『お母さん』と呼べる人がい
なかったそうだ。
 父は母と結婚する時、母の親に会った時、
『お母さん』と呼べる人がいる事が『すごく
うれしい』と言っていたそうだ。
 どうやら年寄りに対する特別な思いがある
のかも知れない。
 それは、一郎が父と列車で出かけた時の事
でも分かる。わざわざ年寄りを探し、座って
いる一郎に、「席をゆずりなさい」と言い、
一郎は立たされるのである。
 それどころではない、座っている他人の子
供に対しても、何の遠慮もなく、
「君、お年寄りに席をゆずりなさい」と平気
で言うのである。 
 後々、一郎も父の真似をしたことがあった。
 他人の子供に言うのは、結構勇気がいるも
だと分かった。
 
 お雪婆はそのまましばらく一郎の家に止ま
り続けた。一郎の子守やお姉ちゃんの遊びの
相手をしてくれた。 
 亡くなったお雪婆の息子は、決して若くは
ないが、晩年に生まれた一人息子だったと言
う。 
『生きている』と言う連絡を待ったが、つい
には来ず、夢枕に息子さんが寂しそうに立っ
ていたので『死んだ』と確信したと言うのだ。
 年老いた母を残して死んだ息子さんの無念
さはいかばかりであろうか。そして、お雪婆
の悲しみは、いかばかりであろうか。
 戦争で最も悲惨な思いをするのが女性であ
り、母親である。母たちを悲しみの淵に突き
落とした愚かな指導者達を、心の奥底から憎
みたい。
 母の涙が不幸のバロメーターである。
 母の笑顔が幸せの、平和のバロメーターで
ある。
 
  (三)
 一郎の家の前の道路を横切ると、広い野原
が広がっていた、その野原の向こうに、破壊
された工場の残骸がある。そしてその奥に、
町のシンボルの様に高くそびえ立つ一本の大
きな煙突があった。
 一郎はいつも遠くから眺めていて、あそこ
に行ってみたかった。近くで見て見たかった。
  暖かな早春の午後、一郎は冒険を決行した。 
  小さな畑のわき道を進み、僅かに芽吹い野
原を横切り、壊れた穴だらけの塀を抜け、凸
凹した道なき道を更に進んだ。
 煙突は近ずく程にぐんぐん大きくなる、わ
くわくしながら更に進む、そしてついに、あ
の大きな煙突の真下にたどり着いた。
 見上げると、とてつもなく大きく、まぶし
い程に白く輝いている。そして、恐る恐る手
の平で障ってみた『冷たい』一郎にとっては
大満足の瞬間だ。
 丸い入り口があった。一郎は何度も何度も
ためらったが、その煙突の中に入って見る事
にした。
 腰を少し屈めて入ると、薄暗い足元に欠け
たレンガの破片が一面に転がっていた。
 上を見上げてみた。
 レンガを螺旋状に積み上げて作った煙突で、
それがずいぶん壊れていて、足元の欠けたレ
ンガはその残骸だった。
 そして遥か真上に暗闇の中、丸い小さな青
空が輝くように空中に浮かんでた。
 一郎は満足げに明るい外に出た。そして帰
ろうとした時、一郎は驚いて立ちすくんだ。
 煙突の壁の直ぐ横に、小柄な老婆を発見し
たのである。
 つい先程まで誰もいなかったはずだ。乾い
た小石だらけの地面に、何も敷かずに正座し
て動かない老婆だ。
 幾筋もの深いしわに、後ろで束ねた白髪の
何本かがそよ風に揺らいでいる。黒っぽい和
服に黒っぽい帯。もし薄暗い所から現れたら
一郎は怖くて泣き叫ぶかもしれない。
 一朗がいつも見ている、近所のお婆さんと
はぜんぜん違う、見た事がないお婆さんだ。
 老婆は手の指を絡ませて合わせ、首を深く
たれていた。そして又動かない。
 良く見ると、老婆の前のエントツのまぶし
い程の白い壁に、花束が立て掛けてあった。
更に良く見ると、小石を並べた上に線香が炊
かれている。
 老婆は不思議そうに、じっと見ている一郎
に気がついた。
 つややかな、しわだらけの顔の大きな目が
鋭く一郎を捕らえた。一郎は驚いて動けない。
 老婆は体をゆらしながら正面を向いた、そ
して一郎をじっと見つめた。そして突然。
「おお・・・一郎だべえ・・一郎だべえ・・
間違いない一郎だべえ」
 しわがれた響きのある大きな声に一郎はび
っくりした。老婆は急に笑顔になった。 
「大きくなった、大きくなった、見違える程
大きくなったのう、何歳になったんじゃ」
 一郎は黙って指を四本出した。 
「これ一郎、そんな不思議そうな顔すんな、
このお雪婆の顔を忘れたか、このシワシワの
顔に見覚えがあるじゃろう・」
 老婆は大きく目を見開き、亀のように首を
突き出した
「ほーら、よーく見て思い出せ・・はははは、
はは・・見覚えがあるじゃろう」 
 大きな笑い声だ、そして大きな口だ、何本
もの欠けた歯が良く見える。笑うと顔のしわ
が一段と増える、こんなお婆さん一度見たら
忘れやしない。
 しかし一郎には思い出せない。一郎は落ち
着いた、そして言った。
「僕、お婆さん知らないよ」
「はははは・・そうだいねぇ、忘れてしもう
たか、はははは、しかたないのう」
 そして 老婆は歌を歌い始めた。
「ハアー、サンコサラリトヨーイヤサーノー
ヨー、サーオーノコサンコサラリトヨー・・」
「どうじゃ、この歌聴いた事あるじゃろ」
一朗は即座に答えた。
「聴いた事ないよ」 
「そうなんかそうなんか、やっぱり無理か。
お雪婆が一郎をおんぶして、よー歌った歌
じゃ。一郎がこんなに小さかった時じゃった
からのう、覚えてらんのは当たりまえじゃ」
 老婆はニコニコしながら、首を縦に小刻み
に何回も動かした。
 一郎はおんぶされていた事さえ覚えていな
かった。
 お雪婆は、膝をポンと叩き、
「よっこらしょ」と立ち上がった。
「お母とお父は元気か」
「うん」
「お前の姉さんは元気か」
「うん」
「お母とお父に、お雪婆が帰って来たって言
っておけ・・・後で寄るでな」
「うん」
「ところで一郎、ここで遊ぶのはだめじゃ。
この煙突の中には、お化けが住んでおって、
近くで子供を見ると、足を引っ張って、煙突
の中に引きずり込もうとするんじゃ。そんで
出られなくなるんじゃ。怖いべえ、そらっぺ
でねえぞ。
 お雪婆が、早く成仏するよう説得しとるが
頑固なおばけが沢山おるで、なかなか言う事
を聞かんのじゃ・・・んだから、あの塀から
こっちには入ってはいかんぞ・・・ええな、
一郎」

 一郎は家に帰るなり母に聞いた。
「ねえお母さん、あの煙突にいるお化け見た
ことある。ねえ、どんあお化けなの」
「さあ、見たことないわね。お化けなんてい
ませんよ、誰がそんな事言ったの」
 母はいそがしそうに台所で夕飯の仕度をし
ていた。
「お雪婆が言ってたよ、子供を見ると引っ張
るんだって。
「え~、一郎は・・お雪婆知ってるんだ・・
一郎、お雪婆と何時合ったの。何時何処で会
ったのよ」
「さっきだよ、うちにも来るってさ」
母は驚いたように一朗に聞いた。
「え~、一郎、お雪婆知ってるんだ、覚えて
いるんだ」
一朗は慌てて否定した
「知らないよ知らないよ、さっき初めて会っ
たんだからね」
「ああ、そういう事なのね。
 お雪婆はきっと危ないから、一郎が近ずか
ないように言ったんでしょう。
 それでさあ、一郎はあんな所まで遊びに行
くの?、一人で行ってはだめだよ。あの先に
は隅田川が流れていて、柵もないから危ない
んだよ。
 一郎・・絶対一人では行かないようにね」
・・「うん」一郎は返事をしたが、大きな煙
突の話をしたかった。遥か空中に浮かぶ丸い
青い空の事だ。
「でも僕は行ったよ。煙突はすごく大きかっ
たよ。お雪婆がいたよ。煙突を拝んでたよ。
花も置いてたんだよ。
 ねえお母さん、どうして煙突を拝むの」
「ああそうだったのね・・・あそこで沢山の
人が死んだからよ、お雪婆が弔っていたんで
しょう。
 ・・・あ。そうか。今日は三月十日だよね。
そうそう四年前の今日よ。
 数え切れない数の人達が今あの周りに眠っ
ているのよ。お父さんのお友達もね」
「何で死んだの」
「このあいだの空襲でね」
「空襲っ何」
 一郎の矢継ぎ早の質問攻めに母は困った。
「今忙しいから後でね、お父さんがよく知っ
てるから、帰ってきたら聞いて見ようね」
「空襲っ何」
「ほら、一郎がいつか拾ってきて、お父さん
に見せていたでしょう。機銃掃射の球だっけ、
飛行機からバリバリバリって打つのよ。
 あと焼夷弾とか爆弾とか、降ってくるよ。
それから、ほら、一郎がドジョウがいるって
言ってた、野原の奥の池があるでしょう。あ
れは爆弾の破裂した痕に水が溜まったのよ、
分かった」
 一郎は ますます分からなくなった。
「お母さん見てたの」
「お母さんはお姉ちゃんと田舎に疎開してい
たから見てないわよ。お父さんが見ていたか
ら帰ってきたら聞いてみなさい。
 お父さんは工場を守るために、ここに残っ
ていたんだから、良く知っているのよ」
「どうして田舎なら大丈夫なの」
 母はどうも面倒くさい様子だった、そして
一郎を無視して姉に言った。
「お姉ちゃん、お膳を出して、茶碗と橋を並
べてちょうだい」
「ハーイ」
 ここからは母と姉の対話が始まり、一郎は
その話の中に入り込めず、あきらめた。 
 そのうち父が帰ってきて、丸いちゃぶ台の
前に座った。
 姉がラジオのスイッチを入れた。六0ワッ
トの裸電球の下、殆どの家と同じように質素
な食事が始まった。

 その晩、父の自慢話を聞いた。
「お父さんはあの工場の重役だったんだぞ、
部下が沢山いて忙しくて大変だったんだ」
 母があいずちを打った。
「あの時はお母さんだって大変でしたよ。家
に、大勢の部下を引き連れて来て、酒を出せ
とか飯を出せとか。それも夜遅くにね」
「いやー、飲べえが多くて付き合いも大変な
んだよ。おかげで皆よく働いた」
 母はすかさず言った
「私もね」母は更に言った
「又、新婚だと言うのに、お父さんは何日も
帰ってこない時もあるんだから。お母さんは
大きな家に何日もたった一人だったのよ。本
当に田舎に帰ろうかと思いましたよ」
「いや~仕方ないさ母さん。国の命令なんだ
よ。忙しいのは父さんだけじゃないんだぞ」
 母はすかさず言った
「でも一度、真夜中に裏口から入って来た時
は驚きましたよ」
 父は遮るように言い返した。
「いや~、あの時は表の戸が閉まっていて仕
方なく裏口に回って。
『母さん母さん、戸を開けけてくれ』って小
さな声で呼んだんだよ。
 何回呼んでも何の返事もないから、仕方な
く戸を外して中に入ろうと思い、戸をガタガ
タさせていたら、お母さんは悲鳴の様な大き
な声で。
『キャー、ドロボー』って叫ぶんだ。
 それを聞いた近所の人が飛んできて。
『誰だ~』て怒鳴られて『私です私です』と
ペコペコ謝って、分かってもらったが、イヤ
ー、本当に恥ずかしかったよ」

 父と母の楽しそうな会話はしばらく続いた
そして父の自慢話が始まった。
「めっぽう摩擦に強いベークライトと言うの
を作った、ほら家にあるだろう、あの茶色い
棒だ。
 戦後、配給の米がモミ付きで来る事がよく
あるんだ。何処の家庭も精米機なんか持って
ないよ。仕方なく一升瓶にモミ付きの米を入
れて、あの棒で何百回となく突いて精米する
んだ『カチャカチャカチャ』ってね。
 ベークライトは傷さえ付かない、変な所で
役にたった。
 それから、めっぽう軽くて丈夫なジュラル
ミンと言う金属を作った。
 飛行機の部品だが、ほら、母さんの裁縫箱
があるだろう、そのジュラルミンで作ったん
だが、丈夫過ぎるくらい丈夫だな。
 まだまだあるぞ、ほら、あの六角形をした
鉄のかたまりが工具箱にあるだろう。あれは
飛行機のエンジンの一部だ。家にあるのはそ
の不良品の一つだ、全部お父さんの会社で作
ったんだ」
 父はニコニコしながら更に話した。会社で
奮闘し、会社が発展していく様子を語り、工
場長になり、副社長へと出世した事も聞かさ
れた。 
 又、戦時中、大勢の腕の良い従業員が次々
と戦争に取られてしまい、変わりに何も知ら
ない大勢の学生が手伝いに来て大変だった事
や、三月十日の大空襲の時の話もしてくれた。

 父は酒をゆっくり飲みながら語った。
 六歳の姉と四歳一郎にも分かるように語っ
たつもりだろうが、一郎にはよく分からなか
た。
「戦争に行った同僚も地獄を見たよ。南方に
行ったその犠牲者の殆どが、戦ったのではな
く飢えや病気で死んだそうだ。
 国に残ったお父さん達も地獄を見たよ。
 お父さんの工場が真っ先に標的にされて、
集中砲火を受け、真っ先に炎に包まれたよ。
『工場をを守る』と言う名目で集まってくれ
た従業員だが、巨大な火柱を呆然と見上げる
だけだ。
 何度もやっていた防火訓練だが、何の役に
も立ちゃあしない。
 とにかく防空壕に避難させたよ。
 軍の奴等は『焼夷弾を恐れるな、逃げるな
』何て言ってるが、雨の様に降ってくる焼夷
弾を恐れない奴などいるわけない。
 あっと言う間に、そこら中から火の手が上
がり、強風にあおられて火の海だ。火の粉の
中をただ逃げるだけだ。    

 近くの高台に軍が設置した高射砲があり、
敵の爆撃機を狙って打っていたが、情けない
事になかなか当たらねえんだ。
 当たらないはずだ、爆撃機は弾の届かない
遥か上の方を飛んでいるんだからな。
 お父さんは逃げる途中、戦闘機から狙われ
て、一瞬逃げ場を失ったよ。『駄目か』と思
ったが、目の前に一本の太い電柱があった。
立ったままその陰に隠れて助かったよ。
 頭上で、火を噴きながら旋回し、墜落する
る爆撃機を見て、巻き込まれないように走っ
た走った走った。
 空気は異様に乾いているため、火の子を払
わないと突然燃え上がり、火だるまになるん
だ。
 泡を吹いて倒れていた人がいたが、誰も何
もしてあげられないんだよ。
 なにしろ防空壕に避難させた人が死んで、
火に追われて逃げ回っていた、お父さんが助
かったんだよ。運命とは不思議なもんだな」  
 母は笑顔で言った。
「お父さんは運が良かったんですよね」
 父はうなずき。
「その通りだ、家も会社も焼き尽くされが、
命だけは残った。きっと神様が。
『お前にはまだやる事があるぞ』と言ってい
るのかも知れないな」

 父の話は続いた。    
 「日本の空軍の戦闘機などいやしない。そ
の時お父さんは、日本は絶対に負けると思っ
たね」 
 父の話は更に続いた。
「又多くの人が火に追われて墨田川に飛び込
んだよ、そして溺れたり凍死したりしたんだ
な。又、不思議な事に、川の上を火が渡って
行き、浮いている人さえ焼け死ぬんだ。 
 橋の真ん中で、逃げ場を失い、折り重なっ
た遺体を見たよ」
 墨田川を多くの遺体が上げ潮引き潮に合わ
せて行き来しているのを見たよ」 
 母が遮った
「その話は聞きたくありませんよ」
 しかし父の話は続いた
「誰だか分からない大量の遺体をトラックで
運んできて、あの煙突で処理したよ。
 我社の煙突が臨時の火葬場の焼却炉になっ
たんだな。
 寺の坊さんが遺骨を引取りに来てくれてい
たが、あまりの多さに引取りを拒否されてし
まい、遺骨を野ざらしにしておく事もできず、
仕方なく周辺の何か所かに大きな穴を掘り、
密かに埋葬したんだよ。
 気の毒だけど、一人一人に手を合わせて祈
る余裕もなかったよ。
 まさにあの煙突は、大くの無名の犠牲者の
大きな墓標と言う事になるのかな。
 『慰霊碑を立てよう』と言う話があるよう
だが、地主と社長と遺族と行政と坊主の意見
がバラバラで、どうなる事やら分からんな。
 お雪婆があの煙突に合掌していたのも、一
朗に『お化けが出る』と言ったのも、そう言
う事を知っいるからなんだよ」

 父の話は続いた。
 そしてあの玉音放送だ。ガーガー雑音がひ
どくて聞き取りにくかったが、『戦争に負け
た』と言う事だけは分ったよ。
 お父さんも仲間たちも、悔しさはあるんだ
けれど、誰も泣きゃあしないさ。
 だけど女達の中には、泣いてい奴が結構い
たぞ。悔しくて泣くんじゃないんだぞ。
『もう逃げなくてもいいんだ』って、うれし
くて泣くんだ。
 皆、大本営発表が嘘である事に気がついた
よ。平気で嘘が言える、陸海空のエリート達
の恐るべき体質だな。
 一郎達はいいなあ、もう戦争はないだろう
からな」

 父は、その後も度々空襲の話をしてくれた、
特に酒が入ると止まらない。母に、 
「その話はもう聞きましたよ」と何度も言わ
れていた。
 一郎には理解できない話も多かった。
「東条英樹の『共同一致』の演説を、どこの
新聞マスコミも戦争を賛美し、あおっておき
ながら奴ら、その責任を取っていない。
 ほとぼりが冷めた頃、奴らが再び頭を持ち
上げる様な事がないように願いたいね」

   (四)
 人は誰人と言えども、幸福に生きる権利が
ある。その権利を奪い取る戦争は、間違いな
く悪魔の仕業と言える。
 人類の歴史を学ぶと、そのまま戦争の歴史
となってしまう程、戦争に明け暮れしたのが
人間ある。
 その戦争の背後には必ず『差別、抑圧、貧
困、人権侵害』といった『構造的な獣にも劣
る暴力』が存在する。
 更に、苦しみと悲しみの涙に暮れる人々に
対する、恐るべき『無関心』がある。
 自己の心の内に他者がいない、生命を軽視
した独善的な思想を持つ『冷笑』する権力者
が存在する。
 そしてそれに操られる魂のないマスメディ
ヤと、それに踊らされる愚かな民衆の存在も
忘れてはならない。
 戦後、誰もが口癖のように『騙された、騙
された』と言っていた。『大本営発表』がひ
どい嘘で固められていたためだ。そのため、
『大本営発表』と言う言葉は、嘘の代名詞に
なって使われていた。  
 騙す方も悪いが、騙される方も悪いのであ
る。
 中身の無い貧弱な哲学しか持ち合わせてい
ない人達は、自分の浅い価値観や誤った善悪
の基準に合わせ判断してしまい、『皆、悪く
て当たり前、皆欲張りで当たり前、皆、嘘つ
きで当たり前、聖人君子を気取る奴はペテン
師だ』と、考えるのです。
 ソクラテスに代表されるが、正義であれば
あるほど卑劣なデマや中傷にさらされ弾圧さ
れるのです。
 恐ろしいのは、この構図が古代より現在に
至るまで変わらないのである。
 民衆を『善くするには・賢くするには・強
くするには』どうしたらよいのであろうか。
 
 ここで私は大いなる疑問にぶつかる。
 人は人間に学ぶことにより人間となれる、
その人間は更に学ぶ事により、磨く事により
人格が備わり理性ある生き方ができる。
それは周りの人々と共に幸福な事だ。
 人間を幸福にするのが、すべての学問の行
きつく先でなければならない。幸福のために
世の中を平和にしなければならない。それが
学問の目的であり、それが学問の使命でなけ
ればならないはずだ。
 『無学は闇』と聞いたことがあるが、であ
るならば、学問とは、闇から抜け出す幸福へ
の光であり道標でなければならない。
 それなのに何故、識者と言われる高学歴の
人達の多くは、学び得た知識をどう使うかと
いう点を誤り、迷い、欲望に負け、かくも容
易にあるべき人間の道を踏み外してしまうの
であろうか。
 これ程までに野蛮なのか。これ程までに愚
かなのか。そして無知なのか。

 深く考えるに、これは重篤なる『精神病』
の一種ではないだろうか、しかもその予防策
が分からず、ゆえに用いる事もなく、容易く
感染してしまうのではないだろうか。
 目の前の不正を見ておいて、他者の痛みや
悲しみを見ておいて、素知らぬ顔で『傍観者』
でいられるのは『他者不在の不感症』と言う
精神病ではないだろうか。
 しかもそれは高学歴の者である程、免疫が
無く容易に感染してしまうのである。
 『他者不在』と言う精神病理は、極悪より
も恐ろしい『傍観者を恐れよ』と言いたい。
 免疫が無ければ感染する、名医でなければ
治せない、特効薬が無ければ治らない。

 誰かおしえてほしい。
 無関心やシニシズムにおける他者不在の自
己を治療する名医や特効薬の存在を。
 もしも、愚かな戦争へと走る『閉鎖的な欲
望やエゴイズムの暴走を抑える』崇高な学門
があれば。
『愛や理性を養う』気高き学問があれば。 
『毒された精神を変革する』深い学問があれ
ば。速やかに教えてほしい。
 それを全人類の必衰科目とすべきだ。

 いや。  
  深く思いを巡らす時、悲惨な歴史の舞台の
その先に、灯台のように輝く多くの賢人や聖
哲が生涯を賭して解き明かした『平和への正
しい方途』が示されていると言えるのではな
いでしょうか。
『愛と良心へと導く確かなる方法』はすでに
明らされていると言えるのではないでしょう
か。
 深く思いを巡らす時、
すでに聖人の大我への道は開かれている。
すでに哲人の不滅の真理は示されている。
すでに賢人の不変的な愛は悟されている。
すでに詩人の魂の高峰へ突入している。 
 平和と幸福へのメッセージは、哲学者と宗
教家と詩人により出尽くしているのではない
でしょうか。
 そしてそれを習得した知者は数限りなく存
在するはずであり、又、僅かではあるが、命
を賭して体現した真実の英雄もいた。
 しかし、何故か?。不正と不信と憎しみの
前に。
 愛と良心は、かくも抵抗空しく敗北するも
のであろうか。
 不滅の真理は、かくも単純に崩れ去るもの
であろうか。
 正義と勇気は、かくも臆病となり残忍に豹
変するものであろうか。
 大我への道は、かくも固く閉ざされるもの
であろうか。
 魂の高峰は、かくも分厚い雲に覆われてし
まうものであろうか。
 愛は憎しみへと変化し、勇気は無謀へと変
化し、臆病は残虐へと変化した。
 これを勇むべき知者は消され、仮面の聖職
者は修羅となった。
 恐れよ、悪を見ておいて素知らぬ顔をして
いる傍観者共め。
 あなた方がファシズムやボリシェビズムな
どの狂信的なイデオロギーで世界を席巻した
魔王やサタンの出現を許したのだ。
 人類の宿命か否か。何度も言うが、この恐
ろしい構図は今もって変わらないのである。
 『傍観者を恐れよ』・・・・・

 何かが足らないのだ。あと何かが必要なの
だ。
 戦争による幾千万もの犠牲者の、最後の叫
びを聞こうではないか。
 『偉大なる救済者よ、早く』なのだ。
 もし、釈迦もイエスもソクラテスも、人々
の叫びに康応して出現したのであるならば、
正義が消えゆかんとする今この時こそ・・・
 魂の高峰より下り来る、今だ見ぬ『超人』
の号砲が、鳴り響いているはずである。
 永遠の都の宮殿の奥深くに眠る『大竜』が
目覚めて、修羅の大地を、耕しているはずで
ある。
                                           

   (五)           
 戦前、武器生産に必要な金属の資源不足を
補うため国家総動員法で、廃品だけではなく
現用であっても不要不急の金属回収が呼びか
けられた。
 さらに一九四二年には強制譲渡命令が公布
され、社会的圧力で半強制的に、家庭の鍋や
釜、洗面器、ブリキの玩具、火鉢などの日用
品にまで譲渡が及んだ。
寺の鐘の殆ど(9割)が供出させられ、皮肉
にも人を殺す、砲弾などに加工された。
 更に、工場などで使われていない工作機械
はもちろんだが、現役の工作機械までも供出
の対象となったため、多くの工場では時代遅
れの非効率な作業をせざるを得なくなった。
 軍事物資の制作に携わる父の会社でも同じ
であり、それは、まともな製品が完成しない
事を意味した。
 社長や幹部達は熟慮の末、違法と知りなが
らも精密機械の多くを地下に密かに埋めて、
この災難を避ける事にした。 
 終戦後間もなくこの法令は廃止された。

 父の働いていた会社は、戦後間もなく、戦
地から帰国した従業員や役員が集まり、戦前
の技術を生かし、小規模に動き始めていた。
 更に、本格的な会社の再建を目指し、一郎
の父も忙しく働いていた。
 戦後三年を過ぎた頃だ、会社の敷地内の奥
の広場に、手に手にスコップを持った五十人
程の人が集り、お祭りのような騒ぎをしてい
た。
 会社の従業員や元従業員や会社の幹部や役
員たちである。
 焼け落ちた会社の敷地内には、工作機械を
はじめ、膨大な金属類や未完成の貴重な製品
や、更には技術に関する重要な書類等も大量
に埋められていたのだ。
 終戦を迎えた時、それらの品々が米軍によ
り強制的に接収される恐れがあり、又、戦後
の混乱に乗じ、盗難に合う可能性もあり、密
かに地下に埋めていたのだ。
 三年が過ぎ、それらの心配がなくなった今、
掘り起こすことにしたのだ。
 父の指揮のもと、掘り起こされた金属片は
山のように積みあがった。
 戦前からの従業員や亡くなった従業員の家
族に均等に分配された。
 一人分がリヤカーいっぱいになる程で、皆、
保管場所に苦労したそうだ。
 いわば臨時のボーナスだ。会う人会う人、
父にお礼を言っていた。

 それから数日後、その会社の敷地には簡単
な柵しかないため、会社に何の関係もない一
般の人たちが柵を乗り越えて、残った小さな
金属片を拾い集めに大勢押し寄せた。
 中には、建物の土台から出ている鉄筋まで
引き抜き持って行く輩もいた。
「内田さん、頬っておいていいんですか」と
誰かが訴えていたが父は。
「いいよ」と言うだけだった。

 父は会社再建のため、連日夜遅くまで働き、
家に帰ってこない時もあった。
 様々な困難を乗り越え、会社が本格的に動
き始めた頃、社長が突然病に倒れ、癒えるこ
となく亡くなり、会社は重大な危機に陥った。
 しかし、多くの人に押され、副社長だった
父が中心になり、会社の運営が引き継がれる
ことになった。
 そして、その僅か数日後の出来事だ。
 一朗に弟が生まれた時だった。父が突然倒
れ、何処かの病院に運ばれた。
 次の日、一郎の家にアメリカの進駐軍がや
ってきてDDTの粉を、家の中と言わず外と
言わず、辺り一面真っ白に積もる程まいてい
った。
 病院での詳しい検査の結果、死んだ社長の
病と同じだった事が分かった、それは、偶然
過ぎる程偶然の、細菌による病であった。
 父は一命は取り留めたが、長い療養が必要
になり、父は会社を経営をする事が不可能に
なった。
 父の代わりを引き受ける人が何故か現れず、
会社は再建まもなく倒産と言う、悲劇に見舞
われた。
 会社の再建を良く思わない危険な人物がい
る、と言う、あいまいな情報はあっが、的確
な処置をすることなく油断をしていたのだ。
 シベリア帰りの、恐ろしい思想を持った畜
生が、社内を徘徊していたのだ。
 会社の巨額の負債の責任の一部を、父が背
負う事になってしまった。

 父の病名は、母は死ぬまで言わなかった。
母に聞くと。
「忘れた」「思い出せない」「わびしくなる
病気」「あれは夢」と言う。
 つまり『思い出したくない』と言う事だろ
う。
 人を恨んで解決できるものではない、たと
え謝まられたとしても、時と人とは戻ってこ
ない、過去は煙のように消えていく。
 悪夢を乗り越え、見覚めなければならない
のだ『未来は誰人にもやって来る』と。

 一郎の家族の長い冬の季節の始まりである
 笑い声がなくなった、母も姉も無口になっ
た。
 一郎は何度も何度も、毎日毎日、今日も明
日も、母に尋ねた。
「お父さん、いつ帰ってくるの、いつ帰って
くるの」しかし、母は無言だ。
 ミシンの音が絶えず響き、針仕事をしてい
る母の後ろ姿しか見えない。
 小学生になったばかりの姉は、母の代わに
一切を引き受けて働いた。子守、洗濯、掃除
買い物、食事の支度までだ。
 一郎の口癖は「何かない」である。粗末な
食事に満足しないのである。

 ある日、食卓から煮物や漬物が消えた。麦
飯と実の無い味噌汁のみの食事が何日も続い
た。一郎は抗議した。
「他に何かないの、これだけなの」
「我慢しなさい、明日は何か買ってくるから
ね」
 一郎は泣いて抗議した。姉が母を助けた。
「お父さんが帰ってくるまで我慢しようね、
一郎はお兄ちゃんでしょう恥ずかしいわよ」
 一郎は次の日も抗議した。
「そうだ、おにぎりにしてあげようか、丸が
いいかな、三角がいいかな」
 母は知恵を出したが一郎はなかなか聞かな
い。一郎は我慢する事をいち早く教わったが、
いつまで待っても叶えられないと短気になる。
 一郎の気短は此の頃養われたようだ。

 近所の子共達と家の前で遊び、野原をかけ
回り、疲れて家に帰ると、ミシンの音、赤ん
坊の泣き声、母の後ろ姿、会話の少ない暗く
て寒い空間がある。
 でも、姉が学校から帰ってくると、突然花
が咲いたように明るくなる、うれしい、本当
にうれしい。
  
 当時、お米は配給制度であり、十分な量は
ないため、配給とは別に殆どの人がヤミで購
入していた。
 父も元気なころ、大きなリュックを背負い、
度々千葉の田舎に買い出しに行ってたそうだ。
 この頃の配給には、米だけでがなく、砂糖
や塩や味噌などがあり、時々乾パンの配給も
あった。
 一郎は封筒を開けてみた、母に内緒で食べ
てみた。この世にお菓子が存在する事を、し
ばらくの間忘れていた、まさにそのお菓子で
ある。初めての味だ、おいしかった。
 直ぐ母に見つかり取り上げられてしまった
母は何処に持って行くのだろうか。
 
 家の小さな空き地に小屋を作り、数羽の鶏
を飼うようにした。その世話をするのが一郎
の役目だ。
 夕方になると放し飼いの鶏を『トートート
ー』と言って餌を上げるふりをして小屋にさ
そい入れるのである。
 しかし、ここしばらくの間、卵を食べた記
憶がない。そのはずだ、近所のある家に買っ
てもらっていたのだ。
 又、小さな庭で茄子やキュウリを栽培して
いた。これは何回も食べた記憶がある。
 一郎はいつものように
「何かない」と母に言うと
「庭の茄子を取ってきなさい、焼いてあげる
よ」と言って、練炭の火や、電気コンロの上
で焼いてくれた。
 これは美味しかった。この時の焼き茄子の
味は忘れられず、一郎の大好物になった。
 何時だったか、母の知り合いのおばさんの
家に行った時の事だった。
「今日は一郎ちゃんの好きなものをご馳走す
るからね、何が好きなの」と聞かれた。
一朗はすかさず。
「茄子」と言った。
「一郎ちゃんは安上がりでいいわね」と言わ
れ笑われた。
 
 更に生活は苦しくなった。
 一円以下の紙幣や通貨を数えている母の姿
を見た。
 この頃の極貧生活を書くべきか、書かざる
べきか、何度も悩んだ。
『ひどい親だ』と錯覚されたくないからだ。
 夜遅く、売れ残った食品を買いに行く母の
姿は哀れだ。驚くべきは、少々臭いがする腐
りかけた食べ物を何度も洗い、食べていた。
    
 ある時、一朗の全身に吹き出物ができた。
蕁麻疹である。
 数日で完治したのは幸いであったが、引き
続き弟が発病した。
 この時母は弱音を吐いた。
「ああ情けない」
 それからしばらくしてから、次に起きた症
状は辛かった。
 それは、一郎の両方の耳たぶの付け根に亀
裂が入り、血が滲むのである。赤チンと言わ
れる殺菌剤を塗るが、何の効果も無かった。
 夜、寝る時が大変で、寝返りを打つと耳が
枕に当たり、激痛が走るのである。
 又、服を着替える時も大変で、耳に触れな
いようにゆっくり着替えるのだが、耳に触れ
てしまい激痛が走るのである。
「耳がちぎれそうだよ」と、何度も母に訴え
たが、そんな小さな傷で病院には連れて行っ
てもらえず、本当に辛かった。
 栄養の偏りだと思うが、それが何ヶ月も続
いたのである。
 でも、そのような傷は日が経つと治るかも
知れないが、心の傷は簡単に治らない。
 近所の友達と遊んでいた時、その友達の母
親が。
「お菓子取られないようにね」と、その子に
注意していたのである。
 一朗は、その子の持っているお菓子が欲し
くてその子と遊んでいるのではない。
 そして、その子の母は、せせら笑うように
言った。
「貴方もお母さんに買ってもらえばいいでし
ょう。ハハハハ」
 母を蔑むような言葉を浴びせられたのであ
る。一郎は下を向いたまま家に帰った。
 そして、ミシンを踏んでいる後ろ姿の母に
「お母さん、お金ないの」と聞いた。
 母は忙しいのか返事もしてくれない。

 その晩母は一郎と姉に語った。
「お金と言うのは世の中をぐるぐる回ってい
て流れているのよ。内田家にも沢山流れてき
た時もあったけど、今は少ししか流れてこな
いので大変なのは確かですよ。
 でも、希望を捨てなければいいのよ。
 希望は試されるもので、困難な時に磨かれ
乗り越えてこそ強くなるのよ。
 たとえお金が沢山あっても、希望を失った
人は不幸なのよ。
 お金より大事な物、それは、
『希望の炎を燃やす事』だとお母さんは思う
のよ・・・」
 姉はうなずいていたが、一郎には何のこと
だか分からなかった。

 又同じ頃だった、一郎の命に傷が付くよう
な無慈悲な言葉を聞いた。
 母は赤ん坊を背負い、一郎と姉の手を引い
て何処かの知人の家に行った。
 どんな関係の知人か、どんな用事で行った
のか、どんな会話がなされたのか分からない
が、一郎が覚えている言葉は。
「亭主まだ生きているのか」
と言う凍り付くような言葉だっだ。
 その日、テーブルの前に座り、全く動かな
い母の後ろ姿を見た。
   
 有る寒い日の夜、赤ん坊が泣き叫んでいた。
火の付いたような泣き方に、針仕事をしてい
た母がその異常に気が付いた。
 母の悲鳴にも似た驚きの声に、姉が飛んで
きた。赤ん坊は足に火傷を負ったのである。
 湯たんぼを布で幾重にも巻き付けて、赤ん
坊の布団に入れて置いたが、巻いていた布の
僅かな隙間に赤ん坊の足が振れてしまったの
だ。
 母と姉は慌てた様に応急的に水で冷やし、
母は薬局に薬を買いに出て言った。
 姉は何度も何度も、
「ごめんね、ごめんね」
と、泣きながら赤ん坊に謝っていた。
 一郎は赤ん坊の火傷を見るのが怖かったた
め、見なかった。
 赤ん坊は治療した後、すやすやと眠りに付
いたため、母も姉もとりあえず安案した。
 姉は赤ん坊に小さな声で
「ごめんね、ごめんね」と何回も言っていた
 更に姉は。
「私の責任だよね、だって、泣いてるの分か
っていたのよ『うるさい』と思ったのよ、も
う直ぐ、かたずけが終わるから、待ってて、
て思ったのよ」と、泣きそうに言った。
 母は
「お姉ちゃんのせいじゃないでしょう、お母
さんが油断したからよ、お姉ちゃんは全然悪
くない。分かったわね、いいわね『ごめんね、
ごめんね』はもう言わないでよ」と、強く言
った。それでも姉は納得せず。
「でもお母さんのせいじゃないよね、だって
仕事中だもん」と言い返した。
 母は笑顔で言った
「お姉ちゃんは偉いね。だって『私の責任だ
』と言い切るんだから。
 普通、なかなか言えないよね。誰だって悪
い事は人のせいにして、責任を逃れようと言
い訳をするものでしょう。
 自分の責任と受けとめる人は偉い。そうい
う子は向上心が生まれるし、中途半端は無く
なるし、大きく成長するよ。きっと器の大き
い人になるよ」
「お母さん、器が大きいって何」
「心が、大きく広く深い、と言うことかな」
「・・・よくわからないわよ」
「そうね『豊かな心』とでも言うのか『使命
に目覚めた心』とでも言うのか、つまり多く
の人から慕われる様になると言う事なの。良
い友達も沢山できる、ということなのよ」
 暖かい母と姉との会話の中から一郎は『責
任』を持つ事の大切さを教わった。

  (六)
 一郎の家に緊急に援助があった。母の実家
からお爺さんがやってきたのだ。
 大きなザックに、沢山のみやげ物を詰め込
んでやってきたのだ。一郎と姉は歓声を上げ
た。しかし、日持ちのする乾燥食品や漬物や
衣類等で、歓声を上げるのは本当は母の方で
あったかもしれない。
 その夜 母とお爺さんとの長い会話が夜遅
くまで続いた。
 お爺さんの家は、山奥の寒村にあり、豊で
はなかったが、母に、いざという時には、子
供を連れて帰ってくるように言ったそうだ。
 いざという時は、どのような時か。母も姉
も一郎でさえも分かる。
 母は東京に出て来て二0年程経つが、きっ
かけは家を助けるためだった。

 最晩年、親戚のある人からその事情を詳し
く聞かされて驚いた。
 母の実家は豪農で豊かであったそうだ。
 ある時、家に隣接する蔵を整理していた時
木箱に収まっていた故文書が出てきた。
 藩主の家臣と思われる人物の名で書かれた
書で『この土地を俸禄として〝加藤兵右衛門
〝に与える』と言う内容の手紙だそうだ。
 母の父はその書を額に入れて部屋に飾り、
『我が家は由緒ある家柄である』と自慢して
いたそうだ。
 しかし、印鑑一つで、家や田畑や山林等、
すべてを失ってしまった。
 大正年間、国は産業の発展のため、鉄道の
幹線と幹線とを結ぶ地方支線を全国規模で計
画してた。
 母の育った地域にも、鉄道の延伸計画が早
くからあり予定線と言われ、地域の住民は期
待していたが、何時実現するのか、どのルー
トを通るのか、噂は流れるが誰にも分からな
かった。
 昭和の初め、国策により、幹線鉄道網の計
画は実現に向けて、全国で一斉に建設がはじ
まった。
 ある時、お爺さん(母の父)の古くからの
友人が訪ねてきて。
『この地域の延伸計画が実現に向けていよい
よ動き始めた』と知らせに来た。
 そしてその友人は。
『知り合いの有力者からその計画書と予定ル
ートの図面を一早く入手する事ができた』と
言い、母の父に投資の話を持ってきたのだ。
 母の父は投資家ではなく、根っからの百姓
であったため、誘いには乗らなかったが、古
くからの親しい友人であるため、直接ではな
く、間接的に応援する事にした。
 友人は延伸する予定の田畑を買いまくった。
 そして間もなく国と自治体は、延伸のたの
領地の買収を始めた。
 しかし、友人の買いまくった田畑は計画の
ルートから外れ、思惑は完全に外れた。
 友人の手に入れた有力者からの鉄道の延伸
計画書と図面は偽物だった。
 親しい友人は鉄道自殺を図り終わった。
 しかし、母の父はすべてを失った。

 母は突然、強制的に奴隷の様に、東京に連
れてこられたのである。僅かな田畑を残すた
めであった。
 別れる間際まで母の父は『恨むなよ、恨む
なよ』と言っていたそうだが、母はその意味
が分からなかったそうだ。
 母は、女学校の卒業式を迎える直前だった
らしく、母の父は後々までも。
『卒業式だけには出してあげたかった』と何
度も何度も言っていたそうだ。
 恩師や親しい友人との別れの挨拶すらでき
なかったそうだ。
 その詳しい事情は、母は決して口に出さな
かったため、一郎は知らなかった。
 そう言えば、母は、幼い妹と別れる時の辛
さを話してくれたことがあった。
 そして、更に辛かったのは、その妹が『病
気で死んだ』と聞かされた時そうだ。遠く離
れていれば、なおさらの事であろう。
 妹の死の直前『優ちゃんが会いに来た』と
母は言う。部屋の入り口に立っている妹の姿
を見たそうで『優ちゃん』と声を掛けたら、
消えたと言っていたが、一郎は否定しない。

 後に、一郎は母を連れて田舎に帰った時、
母は真っ先に妹の墓に行くのだ。
 本家の立派な墓の横に、小さく盛られた土
の上に小さな墓標があるだけの墓であり、何
故本家の墓に入らないのか分からない。何ら
かの理由があるのだろう。
 一度家から出て名前が変わったからか、地
域の風習なのか分からないが、母はその小さ
な墓標に香を焚き、花を立て、供物を並べ、
何時までも何時までも語りかけるのである。
 一郎は少し離れて見守っていた。

 『愛別離苦』愛する人との別れは、誰人た
りとも避けられない。人はそうした苦しみや
悲しみを背負って生きていかねばならないの
だ。
 後に、その辛さは一郎も味わう事となるの
だ。影のように付き従っていた弟を失った時
は本当に辛かった。
 何の反応もしない危篤状態の弟に声をかけ
て手を握ったら、握り返してくれた。

 生とは何か、死とは何か、深く思いを巡ら
す時、有るものが無くなるはずはないと思い
たい、いや信じたい。
 科学だって『不滅の法則』がある。すなわち
変化して存続するのが『万物の法則』だと思
う。生命だけは例外で『無』になると言うの
は非科学的だと思う。
 ゆえに霊魂の不滅は信じられるが、かと言
って何の根拠もない天国や極楽など、簡単に
信ずる訳にはいかない。
 しかし、あの世は証明できないのと同じに
あの世が無いと証明できない。
 道理や整合性を無視して、とりあえず信じ
ても、死の恐怖は打ち消されても、生の意義
は与えられない。
 この問題は、古来より幾多の賢人、聖人、
哲人が生涯を賭して示した、究極の課題であ
り、そして自分自身の課題でもあるのだ。
 財産も名声も知識も、この死を前にした時、
何の意味もなくなるからです。
 この問題を解決せずして、この世の幸福等
あまりにもはかない。
 だからと言って死をダブー視してはならな
い、死の哲学は絶対に必要であろうと思うの
です、それは『如何に死すべきか』は、その
対極に『如何に生きるべきか』があるからで
す。
 プラトンのイデアとは、仏教の成仏とは、
科学の空間とは、簡単な答え等無いと思う。
 私が今言える事は『生と死』は、すべてに
優先する『万物の法則』としか言いようがな
いのです。
 更には、その法則が何故生まれたのか、と
なると『人知の及ばざる未知の領域』となる
のではないでしょうか。

 又 しばらくして あのお雪婆が米を送っ
てくれた。
 その日、真っ白いご飯が出た。一郎は一口
食べて驚いた、香りがあり甘さがある、白い
米がこんなに美味しいものだっのか、すっか
り忘れていたのだ。
 いや、いくら麦が多く入った我が家のお米
と言えども、その美味しさの違いは驚く程だ。
 配給のコメが古米だったのか古々米だった
のか分からないがまずいのである。
 でも、この頃の一郎には、貧しいと言う自
覚は全くなかった。いい人達に囲まれていた
からだと思う。
 一郎は贅沢な食事に抵抗を感じるようにな
ったのは、このせいであろうか。
 一朗が大人になってから、ホテルでの豪華
な食事を前に、しばし考えさせられる事があ
る。
 この地上には飢えている人がどれ程いるの
だろうか。
 バイキングのデザートに群がる子供たちを
見ると、何処か間違いを起こしているのでは
ないか。
 誰に笑われようと、一郎はバイキング方式
での食事は嫌いだ。
 一郎は山小屋での質素な食事がちょうどい
いと思った。しかし最近ではかなり豪華だ、
山のてっぺんでウナギの蒲焼が出た。

 ここで笑い話をしておこう。
 今、我が家には女房と二人の子供がいる。
たまに一つ鍋ですき焼が出る。 
 不思議なことが起こった、すき焼をやるた
びに、鍋に入れる肉の量が少なくなるのだ。
すなわち、すき焼風野菜の煮物みたいな料理
になってしまったのだ。
 私は女房に言った。
「何故野菜ばかりで肉の量が少ないのだ」
 女房は
「何時も肉が余るから少なくしたのよ」と言
うのである。私は笑えなかった。
 実は、私は気を利かせて、なるべく子供達
に多くの肉を食べさせようと思って、私が野
菜ばかり食べていたためだった。
 子供達は子供達で気を利かせて、四分の一
しか肉を食べないのだ。すなわち私の分だけ
肉が余るのだ。それを女房が錯覚して、肉が
多過ぎたと思ったのだ。
 私の気持ちは子供達にも女房にも伝わらな
かった。
 女房には
「俺は肉が嫌いではない」と言った。しかし、
実はやむおえない事かも知れないのだ。
 女房と付き合ってから、焼き肉屋とか寿司
屋とかに入った事が無いのだ。私が何となく
拒否するのを見ていて、肉と寿司が嫌いと錯
覚していたのだ。
 私は贅沢が嫌いなだけなのだ。それは生ま
れつきなのだ。
 ホテルでの朝のバイキング方式の豪華な食
事でも、塩鮭でお茶付けを食べてしまうので
ある。
 ホテルでシャブシャブが出た時、食べ方が
分からず、困った事があった。
 野菜もシャブシャブするのか、聞くと笑わ
れそうで。
 後輩を連れてステーキ屋に初めて食べに行
った時、店員に焼き方を聞かれて『プレミア
ム』と言ったら、店員が笑いを堪えていた。
 実は私、ステーキを食べた事が無いのだ。

 知り合いの子が遊びに来た
「おもちゃで遊ぼう・・・おもちゃ箱何処、
おもちゃ箱何処」と言った。 
 一郎は最後まで黙っていた。その子の家に
行った時、おもちゃ箱に一杯のおもちゃがあ
った。
 一郎の家にはおもちゃなど一つも無い、ま
しておもちゃ箱等ある訳が無い。
 又、ある時、近所の叔母さんが、
「ご飯を炊き過ぎたから、もってきたよ」と
言い、かなりの量を持ってきてくれた。
 おそらく炊き過ぎたのではなく、一郎達の
ために、わざわざ多く炊いたのである。母の
友人は近所にも多くいた。皆いい人達だ。

 此の当時の食べ物の思い出は尽きない、や
はりお腹が空かしていたんだと思われる。
 母は、後々この頃の事を話してくれたこと
がある『十円のお金もなかった』と。
   
 この頃母は、一朗と姉に白黒の二枚の写真
を見せてくれた。
 一枚は ピアノの横にドレスを着て、微笑
を浮かべて立っている綺麗な女性の写真だ。 
もう一枚は大きな乗用車のボンネットに寄り
添う堂々とした父の写真だ。
「これはお父さんだね、でも、この女の人は
誰?」
「お母さんよ」
 一郎は信じられなかった、写真の中の女性
に母の面影が見当たらないのである。
「違うよ、全然似てないもん」
「よく見て、お母さんよ」
 母が言うんだから、そうだろうと思ったが
一郎は信じられなかった。何とか納得させら
れたが、どうしても別人に見えた。
 それも当たり前かもしれない。ドレスを着
て、化粧して舞台に立つピアニストと、薄黒
い作業着みたいのを着ている、今の母の姿は
違い過ぎるのだ。しかし、一つ謎が解けた。
 こんな貧しい我が家にも、何故か足踏み式
のオルガンがあるのだ。
 姉が母に教わり、簡単な曲を弾くのは見て
いるが、母の演奏を一度も聞いた事が無いし、
オルガンの前に座っている姿も見たことが無
い。しかし一度だけ、姉が、
「お母さんの演奏は凄い凄い凄い」と、興奮
していた事があった。
 更に母は語る。
「お母さんの家は大きくて立派だったのよ、
家の前を通る人が、こんな家に住んでみたい
って言ってたのよ」 
 母は戦前の夢のような暮らしを話してくれ
た、久しぶりに見る母の笑顔だ。
「写真これだけ」
「そうよ、これだけよ、後の写真は空襲であ
の家とともに消えたのよ・・なにもかもね」
 一郎は生涯この言葉を忘れなかった。
「なにもかもね」強い言い方だった。
 そこには、戦争への怒りが込められていた
ように感じた。




    (七)
 姉が叫んだ
「あ・お父さんだ」
 大きなドアの向こうの大き部屋。沢山の電
球が釣り下がる天井に硬い床、そして消毒の
臭いだろうか、かすかに漂う室内。そして同
じ形と色のベッドが幾つも並んでいる。そし
て金属の触れ合う音。一朗が始めて見る病棟
の大きな一室だ。
 一郎は探した。皆んな同じ痩せた人達で浴
衣を着ている。
「何処、何処」 
 向こうのベッドの横に座って手招きしてい
る痩せた人がいた。よく見るとそれが父だっ
た。
 何か月も待った父との面会だ。しかし、一
郎がいつも描いている、大きな頼れる父とは
少し違っていた。いや、少しではない。驚く
程痩せていて、やたら白く、無精ひげを僅か
に蓄えた顔が小さく見えるのである。
 母と姉そして弟そして一郎が長い間待って
いたその瞬間だ。
 姉と一郎はうれしくて、はしゃぎ過ぎて大
きな声を出してしまい、母に注意された。
 そして父から、退院の見通しが付いた事を
告げられて、姉と一郎が大きな声で歓声をあ
げて、又母に叱られた。
 その母は死ぬまで、父の病名が何であるか
を言わなかった。

 父は退院したが、極端に体力が無くなって
いた。はっ、と思わせるほどの細い手足であ
る。
 一郎は昼間でも寝ている父の姿を何回も見
た。しかし生活のため、父はのんびり療養す
る事などできなかったのだろう。 
 体力の無い父の仕事の種類は、おのずと限
定されてしまうため、厳しい我が家の経済状
況を打開するため、母は洋裁の内職に加え、
束ねた薪の販売等も始めた。
 小さな庭はトラックで運ばれてきた束ねた
薪で山ができた。
 当然家事の一切を姉が引き受けた。一郎も
自分の事は自分でやるしかなかった。誰も頼
れないからだ。
 他人を頼らず、何でも自分でやってしまう
一郎の性格はこの頃養われた。

 父は、石油や石炭の販売を手掛けた。やが
て、友人や知人等を集め、会社を設立した。
 一郎の家は夜遅くまで、多くの人の出入り
で賑やかになった。
 一郎の家族に『のんびり』と言う言葉がな
い。朝から挽まで誰も彼も動き回るからだ。  
 たとえ日曜と言えども、ゆっくりくつろい
でいる父母の姿を一郎は見た事がない。 
 その血は一郎も受け継いでしまったらしい、
 一郎は、のんびり、ゆったりが嫌いだ。

 そんな忙しい中、父は一郎と姉を連れて一
度だけ海に連れて行ってもらった事がある。 
 混んでいる電車の中で、座っていた一郎は
父に。
「一郎、席を譲りなさい」と言われ、近くい
た高齢の女性に席を譲った。
 大混雑の中、一郎はやっと届く吊り革に必
死につかまったが、後ろから押され、揺らさ
れ、一郎は体力的にかなり厳しかった。
 それでも初めての海水浴に、姉と一郎は大
はしゃぎだった。もちろん泳げないので浅い
波打ち際で遊ぶだけである。
 父は姉に泳ぎを教えていたため、一郎は一
人であった。
 しばらくして 膝程の浅い所で一郎は何故
か目まいを起こした。目の前が一面白く霞み、
その後は何が起こったか記憶にない。

 どれ程の時間が過ぎ去ったのだろうか、気
が付いたら砂浜で大勢の人に囲まれて仰向け
に寝かされていた。
 母の叫ぶ声が聞こえたが、体が自由に動か
せず、やっと父の背中につかまり、負ぶさり
近くの病院に向かった。
 医者は父母に病室から出るように言った。
 一郎は医者と看護婦に囲まれた。そして、
のどに何かを差し込まれた。
『ゲーゲー』何回も何回も、口から鼻から目
から何かを吐き出した。
 苦しくて叫び声を上げる事さえもできなか
った。涙を流すだけである。初めて味合う地
獄だった。思い出したくもない。
 医者はその様子を父母に見せたくないため
父母に病室から出るように言ったのだ。

 後々まで父は『あの時一郎は死んだ』と言
っていた。要するに貧血を起こし、浅い所で
溺れてしまったのだ。そして発見が遅れたら
しいのだ。
 現在、『有体離脱なる現象を体験した』と
言う人がかなりいるが、多くの体験は生死の
境目で起きているようだ。
 一郎はこの時、自分の姿を上から見ると言
う貴重な体験をした。夢と言う人もいるだろ
うが、その鮮明さは忘れないのである。
 気を失い、最初に気が付いたのは電車の中
だ。一郎は一人で家に帰ろうとして電車に乗
ったらしい。そしてボックス席に座り、流れ
る景色を見ていた。前に座っている人の顔さ
えはっきり覚えている。
 少しすると、自分の意志に関係なく、突然
電車の窓から飛び出し、ものすごい勢いで線
路の上の電線付近を飛んだ。そして一瞬にし
て元の砂浜にたどり着き、大勢の人に囲まれ
ている自分を発見したのである。

 一郎は海が嫌いである、水が嫌いである。
 後々、中学での学校の体育の授業で、プー
ルでの水泳教室があったが、一郎は必ず欠席
した。三年間欠席し通した。
 全クラス対抗の水泳大会もあった。皆楽し
そうである、しかし一郎は絶対見学である。
 水に対する恐怖は病的であり、一生直らな
い。山が好きになるのは泌然であろうか。

  (八)
 一九五〇年三月
 復金インフレの収束と、市場の機能改善、
単一為替レートによって日本経済が世界経済
にリンクされ、国際市場への復帰が可能にな
った。このこと自体良い事ではあるが、その
一方で、デフレーションが進行し「ドッジ不
況」いわゆる安定恐慌が引き起こされ、七月
六日には、ついに東京証券取引所の修正平均
株価は、史上最安値となる八五二五円を記録
した。これは現在に至るまで最安値である。
そして失業や倒産が相次ぐのである。
 そして父の経営する会社はその影響をまと
もに受けてしまうのである。

 弟のおかげだろうか、一郎もすっかり兄ら
しくなった。もうわがままが通じないのであ
る。『お兄ちゃんでしょう』と言われると、
何も言えないのである。
 そんな一郎の家に、季節は春だというのに
突然冬がやって来た。
 冷たい雨が激しく音を立てて降る夜、襖を
隔てた隣の部屋から父と二人程の誰かと激し
く言い争う声が続いていた。
 一瞬静かになったかと思えば、突然罵声が
飛び交う、早口になったと思えば 又静かに
なる。 
 一郎は言葉の意味は分からないが、非常事
態が起きている事ぐらい分かった。
 母と一郎達は小さなテーブルを囲み静かに
この争いの終わるのを待った。
 母はたまりかねたのか、その言い争いの修
羅場に飛び込んで行った。
 長い時間が流れた。誰も寝ようとしない。
 更に長い時間が流れた。

 それから数日後、見た事もない三人の男性
が一郎の家にやって来た。父が留守だったた
め母が対応した。
 父が留守である事を告げたが、その男達は
大きな声を張り上げ、無理やり母を押しのけ
て玄関に入ってきた。そして敷居に腰掛け、 
鋭い目で、乱暴で激しい口調で脅迫した。
 一郎は震えた。しかし母は全く退かず動ぜ
ず毅然とした態度で対応していた。
 三人の男を相手にした母の冷静な態度は、
やがて男達を冷静にさせて、最後は丁寧に挨
拶をして帰って行った。
 一郎は驚いた 今までに是れ程たくましく
強く頼れる母を見たことがないからだ。 
 一郎は心で叫んだ
『誰か、お母さんを誉めてあげて』

 数日後、二人の警官がきて、父母と長い話
をしていた。
 それから数日後の寒い夜の事だった。手に
包丁を隠し持った男が来た。その男は。
『これから誰かを殺しに行くから』と父に了
承を求めに来たらしいのである。
 父と母の懸命な説得が続いた。その男はド
サクサにまぎれて『やる』と言うのだ。父母
の説得に男は思い止まったが、悔しさに男泣
きしていた。 
 母は急いでその男に食事を出した。

 この年、この時期、多くの中小零細企業が
倒産した。父の会社は連鎖倒産である、多く
の被害者の一人が父である。
 買ったばかりの母のミシン、母の鏡台、思
い出の父のカメラ、主なる家具類も持ち出さ
れた、そして家の明け渡しまで迫られた。
 そして多額の借金だけが残った。 

 父は車のドライバーとなり急場をしのいだ。
 引っ越した家は、狭く暗く異様な匂いがす
る一軒家だ。父の寂しそうな背中を見た。
 母は、毎月決められた日に、決めれた金額
を支払うために、何処かに出かける。
 父は、母や子供達に。
「もう一度、商売を始めるからな」と何回も
言う。しかし母は。
「お父さんは騙されやすいから」と反対する。
 父の大きな夢も、借金を抱え家賃を払い三
人の子供を育てながら。そして何よりも、大
病を患つた弱い体では、会社設立の資金を貯
める事など、到底出来ないのである。
 更に母は何回もつぶやく。
「お父さんはね、あの病気の後、頭が悪くな
ったみたいよ」と言うのである。一郎は頭の
良い父など知らないから、どうでもよかった  
が、体力がない事を隠すために、頭が悪くな
った振りをしているのかも知れない。

 戦後、殆どの家は貧しかった。しかし、そ
れを自覚しないのが幸いである、すなわち、
それが普通であり、当たり前だからである。 
 一郎の家では、魚は骨まで焼いて食るのが
当たり前だった。お米に大量の麦を入れるの
が当たり前だった。
 そのころ学校の野外での行事に、各家庭で
作った弁当を持って行くのだが、一郎の弁当
は白米に麦が半分ほど入った弁当だ。父は、
「健康のためだ」と言うが、正直まずいので
ある。
 一郎は母に
「クラスの皆の弁当と違うよ、麦飯は恥かし
いよ」と抗議した。すると母は小さな声で、
「ごめんね・・・」と言い黙った。
 すかさず父が母に言った。
「弁当の時ぐらい何とかならないか母さん」
 母は黙って、じっと弁当を見ている。
 ・・・一朗は、はっ、と気が付いた、そし
て反省した、そして決意した。
『僕は母に何て事を言ってしまったんだろう
か。母が謝る必要など無いはずだ。こんな小
さなことで母を悩ますのは絶対に良くない』
 一郎は命に刻み込むように決意した。
『今後小さな事にこだわらない、そして誰の
せいにもしない』と。

 おおよそ借金とは人間らしい生き方を奪う
場合がある、もちろん何かを買うと言う目的
があり、余裕の生活であればも問題ないが。
 借金は自由を奪われるだけでなく、責任も
負わされる。奴隷は自由がないが責任を負わ
される事はない。ある意味、借金の返済に追
われる人は奴隷以下だ。
 
  (九)
 姉が中学に入学した時から、しばしば学年
トップの成績を上げて構内に張り出された。
 近所の母の友人が、我が事の様に喜び、わ
ざわざ姉を褒めに来てくれた。
 別の近状のおばさんは。
「運が良かったんしょう」などと、皮肉って
言っていた。

 そして一郎にとって、生涯に影響を及ぼす
程の、激動の年の幕が開かれた。

 姉は三年になると学校創立以来初の女性の
生徒会委員長に選ばれた。
 中学一年になった一郎も、姉に続こうと思
ったが、その違いに気が付き、直ぐ諦めた。
 姉は何時何処で勉強していたのだろうか。 
 学校では誰よりも忙しく、家では母の変わ
りに家事はもとより、買い物まで手伝い、一
郎や弟の勉強まで見てくれていた。
 姉は何時何処で勉強しているのだろうか。
夜の、ほんの僅かな時間だけだろうか。一郎
は一度、聞いた事がある。
「姉さんは何時、何処で勉強しているの」
すると姉は。
「誰もいない静かな場所でね」と言う、しか
し、そんな所がある訳ないと思った。更に、
「どうすれば一番になれるの」と聞いた。姉
は笑いながら。
「魔法の力よ」と言う。もちろん、そんな魔
法の力などない事はわかっているが、不思議
だった。
 きっと学校の帰りに友達の家で勉強してい
るのだろう。一郎はそう思った。

 後々分かった事だが『誰もいない静かな場
所』とは『墓地』の事だった。
 確かに学校の帰り道から少し逸れた所に、
大きな墓苑がある。木陰もあり、屋根付きの
休憩所みたいな所もある。確かに静かだ、勉
強をするには最適な場所かもしれない。
 そして魔法とは『希望』の事であった。
『希望』には不思議な力がある事は確かだ。
 如何なる劣悪な環境に置かれても、例え全
てを奪われても、絶望の底からでも、人間は
『希望』を抱く事ができる。
『希望』は与えられるものではなく、自ら生
み出すものだ。
『希望』は諦めや惰性を克服する事ができる。
『希望』の炎を燃やし続けていれば、未来を
創造する事ができる。
『希望』は未来への光だ。
『希望』とは、未来への光であり、我が人生
を励ます魔法の力であり、神が人間にのみ与
えた、唯一の特権ではないだろうか。 

 教室の一番前の席に、おとなしい小柄な子
がいた。洋一と言う。目立たない奴だが勉強
は出来る、いや勉強しかできない奴だ。
 あだ名は『ガリ勉』である、陰では『ガリ
勉小僧』とか言われていた。 
 ある日の休み時間、一郎がガリ勉の前を通
りかかった時、ガリ勉がカードのような物を
カバンの奥にしまうのを見た。
「おいガリ勉、今の見せろよ」
 一郎は軽い気持ちでガリ勉の前に手の平を
出した。ガリ勉は一郎を無視して横を向いて
いる。一郎は再度言った。
「見せる位ならいいだろう」一郎は今度はガ
リ勉の顔の近くに手を出した。
 その時、突然、ガリ勉の拳が一郎の顔面に
飛んで来た。
 驚いたのは一郎だけではない、周りのクラ
スメイト達も驚き一斉に「オー・・」と声を
上げた。すべての視線が一郎とガリ勉に向け
られた。
 教室の中は静まり、皆、次の成り行きに注
目した。ちょうどその時、授業開始のチャイ
ムが鳴った。
 皆ざわめきながら各々自分の席に着いた。
 一郎は興奮している自分を抑えながら席に
着いた。
 一郎の頭は混乱していたが、何があったの
か冷静に考えようとした。
『何も悪い事はしていない・・・何故・・・
皆の前で理由無く殴られたのだ。男としてこ
のまま済ます訳にはいかない・・・しかし何
故』
 前の方のガリ勉を見ると、何事も無かった
ように平然としているように見えるし、しょ
げ返っているようにも見える。
 一朗は困った。『相手が悪すぎるのだ、い
や相手が弱すぎるのだ、喧嘩をするような相
手ではない。殴り返しても何の自慢にもなら
ないし、弱い者いじめに見えるかも知れない。
かえって皆はガリ勉の味方に付く可能性さえ
ある』
 時間はあっという間に過ぎ、授業終了のチ
ャイムが何事もなかったように鳴った。
「起立。礼」
 そしてクラスの誰もが、一郎が如何に行動
するか、如何に仕返しをするか、注目した。
 一朗が殴り返して終わりか。ガリ勉が誤っ
て終わりか。どっちだ。
 一郎は一番前の席のガリ勉の前に立った。
「おい、ガリ勉・・・」
 ガリ勉は横を向いたまま無言だ。振り向き
もしない、謝る気配もない。何故だ、覚悟を
決めているのか。
 一郎は思った。
『謝って欲しい、それですむんだからな・』
だがガリ勉は何も言わない、一郎を無視して
いる。
 クラスの誰もがその成り行きに注目をして
いる。しかし一郎はとても仕返しをする気に
はなれない。一郎は勇気を出して言った。い
や、仕方なく言ったのだ。 
「おいガリ勉。さっきの事は無かった事にし
ておくからな」
 一郎は皆の視線を避けるため、用もないの
に薄暗い廊下に逃げるように出た。
 するとガリ勉も小走りで、一郎を追いかけ
るように廊下に出てきた。
 そして一郎を追い抜き、一郎の正面に立ち
はだかった。
 ガリ勉は無言で握手を求めてきた。
 一郎は無言でガリ勉と握手した、無言でも
お互いの気持ちは分かっている。 

 数日後の放課後、ガリ勉は一郎を誘った。 
「俺の家に寄っていかないか」
「え・・・ああいいよ」
 一郎はちょっと驚いた。ガリ勉には友達が
いない、おとなし過ぎるからだ、それだけで
はない、何を誘っても必ず断るからだ、そし
ていつも下を向いて歩いている。クラスの皆
が思っている事だが。
『いるかいないか分からない、付き合いずら
い、話しずらい、絶対笑わない、運動神経無
さそう、ガリ勉小僧』
 そのガリ勉が一郎を誘ったのだ。 
 たわいも無い話をしながら、大通りから路
地に入った。ガリ勉の事を硬い奴、難しい奴
と決め付けていたが、話をするとそうでもな
い事が分かった。  
 右に曲がり左に曲がり、一郎も来た事もな
い所に来た。
「ここだ・・・上がっていけよ」
 二階建ての木造の家だが、どうにも低い、 
普通の二階建ての家より低いのである。更に
良く見ると、土地の形に合わせて立てたのだ
ろうか少し変形している。
 引き戸を引いて小さな土間に入った、直ぐ
前の部屋に二人の女の子がいた。
「俺の妹だよ」
 一郎は元気良く挨拶した。
「こんにちは」ガリ勉の妹は恥ずかしそうに
軽く頭を下げた。
 ガリ勉は 梯子のような粗末で急な階段を
猿が木に登るように上り、二階に案内した。
 思った通り天井が低い、一郎の背丈なら何
とか頭がぶつからないが、普通の大人や背の
高い人は腰を屈めなければならないだろう。
 背の低いガリ勉には丁度いいかもしれない。
 この家はガリ勉の父親が作ったそうだ。や
はりプロの大工さんの作りとは違う。壁は大
きさの違う板を無理やりつなぎ合わせたよう
で、とても綺麗とは言えない。
 しかし天井に張り付いている明かりは、最
近出始めたばかりの蛍光灯だ。褒める所を探
せと言われれば、その蛍光灯ぐらいだ。 
 一郎はその部屋の奥を見て驚いた。何段も
の棚に綺麗に整頓された大量の本だ。
「いやーすごいなー・・・ずいぶんあるなー 
何十冊どころじゃないな、何百冊だなーこれ
全部ガリ勉のか」
「そうだよ」
 汚い部屋に似合わないように、沢山の単行
本や参考書が並んでいる。 
「本屋に来たみたいだ、ガリ勉が勉強のでき
る訳がわかったよ。本当にうらやましいよ、
俺とは環境が全然違うぜ」
 ガリ勉は直ぐ否定した
「何言ってんだよ、これみんな俺が自分で働
いて買ったんだ。神田に古本屋街があるんだ
よ、そこで買うと安いよ、ほら、みんな古本
ばかりだ」
 一郎は又驚いた、見直した、こいつは凄い
奴なんだと思った。
「おいガリ勉 お前働いてるんか・・本当か
よ、すげえな・・・で、何やってんだ。新聞
配達か、牛乳配達か」ガリ勉は又否定した
「いや違う、新聞配達なんかじゃないよ。そ
んな楽な仕事じゃないよ。
 俺は俺のためでもあるが、我が家の生活の
ために働くんだ。これは俺の運命だと思うよ
・・・でも、俺は嫌じゃないんだ。今日はそ
の事で一郎を呼んだんだよ。
 この間の事覚えてるか。一朗に見せなかっ
たのはこれだ」
 そう言うとガリ勉は机の引き出しから一枚
のカードを取り出して一郎に渡した。二つ折
になっているカードで中を開けてみると、幾
つもの印鑑が綺麗に並んでいた。
「はー、なるほど、これだったのか、何か大
事そうだな、でさー何これ、説明しろよ」
 ガリ勉はカードを返してもらうと、大事そ
うに机の引き出しにしまった。そして。
「誰にも知られたくない事なんだけど、俺さ
ー、ゴルフのキャディーやっているんだ。殆
ど毎日ね。お客がいなくても球拾いや掃除が
あるから行けば幾らかにはなるんだ。
 行きたくなければ行かなくてもいいから、
気は楽だよ。だけど日曜は休めないよ、忙し
いからだ、朝から晩まで次から次とバッグを
担ぐ」
 一朗は荒川の河川敷に、都民ゴルフ場と言
うのがあるのを知っていた。
「ああそうか、ガリ勉はあそこで働いている
のか」
 ガリ勉は詳しく説明した。
「そのカードにバッグを担いだ分だけ印鑑を
押してもらい、毎月十日に清算し、その場で
一か月分の現金が支給されるんだ」
 一郎は広い河川敷に友達や兄弟等でも、父
と釣りにも、何度も行った事がある。学校の
行事で小学校の一年生程度の遠足や、写生会
等でも行った事がある。
 とにかく広く、さほど危険な場所もなく、
自然にできた池もあり、まさに自然のままの、
子供たちの絶好の遊び場になっていた。 
 しかし突然、建設機械等が入り、立ち入り
禁止になってしまった。 
 気が付いた時は上流から遥か河口の方向ま
で、広大なゴルフ場になっていて、土手下の
道路は、ゴルフ場専用のマイクロバスが往来
するようになっていた。
 一朗達は不満だった
「都民ゴルフ場って、都民のためのかよ、俺
も都民なんだけど、俺達には全く関係ねえよ
な。野球ができなくなったじゃねえか、釣り
もできねえじゃねえか」土手の上から皆で不
満を言い合い批判した事があった。

 一郎はガリ勉が大きく見えた、大人に見え
た、感心した、そして誉めた。
「ガリ勉は大人だな、すごいじゃねえか、誰
でもできる事じゃねえよ。
 だけどよ、何で内緒にするんだよ。隠す事
なんかねえじゃねえか、それどころかよ、こ
れは自慢できる事じゃねえのか、それを『誰
にも知られたくない』なんて言うの、俺には
分からねえよ」
 しかしガリ勉は首を横に振り否定した。
「自慢できない訳があるんだよ。
 俺の親父は大酒飲みで、酒癖が悪く、よく
家の中で大暴れするんだ。俺は二人の妹をつ
れて何度も外へ避難したよ。おっ母が『静か
になったから帰ってきていいよ』と言って空
き地に避難している僕たちを迎えに来るんだ
・・・どう思う一郎」
「ああ、そうだったんだ、大変だよな」 
 すかさずガリ勉は言う、  
「そう、大変だよ、酒さえ飲まなければ普通
の親父だぜ、いや、高学歴で難しい本をよく
読んでいるんだ。俺が字が読めるようになる
と、面白い童話の本を次々に買ってきてくれ
てよ、おかげで俺は本が好きになったよ。親
父が話してくれる歴史の話なんか、本当に面
白いぞ」
 一朗には理解できなかった、一郎は歴史は
嫌いである。大量の人物の名前とその年代を
覚えても、何の役に立つのか疑問だつたから
だ。更にガリ勉は言う、
「しかし、悪いヤミの酒が原因だと思うが、
目を悪くしてしまい、遠くは見えるが近くは
見えないと言う、治る見込み無ない病気にか
かり、普通の仕事はできなくなってしまった
よ。
 親父は酒で暴れる事はなくなったが、性格
が変わってしまい、何でもない事でも大きな
声で怒鳴り散らすんだ、おっ母が大変なんだ
よ。更に、親父の代わりに、おっ母が働きに
行くようになったんだ」
 一朗は思った、母親とは苦労するものなの
だろうか。一朗の母と言えば、働く姿しか思
い浮かばない、ガリ勉の母もそうなのか。
 一朗は共感を覚えた。
   
 私は思う。
 家庭を見向きもせず、理由を付けては遊び
歩き、価値のない議論ばかりしている男達が
多い中で、足元を見て、的確な処置ができる
のは母である。
 私は思う。
 懸命に子供を育て、亭主に使え、家計が傾
けば当然のように仕事に明け暮れる。
 私は思う。
 誰からも称えられず、歳を取る事さえ気が
付かず、あえて母は最期の砦となる。
 社会保障制度など殆どない当時、大黒柱が
倒れた家庭は悲惨である。
誰かの援助がなければ、母親は子供がどんな
に幼くても生きるために、いや食べるために
知恵を巡らし働くのである。
 もしくは子供達を養子に出さなくてはなら
ない。 
 一郎の父の家がそうであった。一家は離散
し、子供たちは他家へ養子に出された。
 父の晩年、父の兄と名乗る人が訪ねて来て
涙の再開を果たした、ドラマのようであった。
 いずれにしても一家離散は悲劇である。
 私は思う
 当時のこの母達の苦労は並たいていではな
い。重い責任から解放される日を、どれ程夢
見た事であろうか。
 時には、子供も亭主もすべて捨てて逃亡し、
新しい自由な世界に行きたかったのではない
だろうか。
 私は思う
 この母とは、負けない人の異名である。
 この母とは、苦労と忍耐に咲く希望の花で
ある。
 この母とは、家族を照らす光明である。
 私は断言する
 母の祈りに答えてこそ、正義になれる。母
の大恩に報いてこそ、人間になれる。と。

 ガリ勉は言う
「一郎、もしもだよ、もしも離婚したら、俺
は親父と一緒に捨てられるよな。
 俺が働くのは苦しい生活を助けるためだけ
じゃなく、離婚してもらいたくないからだ」
 一郎は困った。そんな深い話をされても、
何が何だか分からないのだ。
 ガリ勉は更に言う
「俺のおっ母は本当のおっ母ではないんだ、
最近まで『叔母さん』と呼んでいたんだ。
 だから親父が目を悪くした時、親父がまと
もに働けなくなった時、おっ母が働くように
なった時、正直、俺と親父は捨てられると思
ったよ。すなわち離婚だな。
 だって叔母さんから見れば俺は他人だ、ダ
メな親父と共に苦労して面倒見る事なんか、
普通やらないよね。自分の実の子供二人を育
てるだけで精いっぱいだろう、普通はそうだ
うだろ」 
 一朗は困った、難しすぎて判断なんかでき
ないからだ。ガリ勉は更に言う。
「俺と親父は叔母さんから見ると厄介者とな
る訳だ、分かるだろう」
 一朗は困った、どうも分からない親子関係
だ、そこで聞いた。
「本当のおっ母は」
 ガリ勉は指を上に向けて言った。
「あの世にいるよ」
 一朗は聞いてはいけない事なのかな、と思
ったが、ガリ勉はその事を話し出した。
「俺のおっ母は俺が四歳の時、突然目の前で
倒れ、そのまま死んだよ。
 最初は寝ているだけと思ったが。親父が帰
ってきて大騒ぎになった。その時。
『何故、誰かを呼ばなかったんだ』と誰かに
言われた。これはきつい言葉だぜ、だって、
俺に責任があると言われたようなものだ。
 俺は一週間泣き続けたらしい、しかし今は
そんなに悲しくないよ、いないのが当たり前
だからな。
 本当のおっ母が死んで、何年かして、今の
叔母さんが二人の小さな女の子を連れてきて、
我が家の新しいおっ母になったんだ。
 俺は慣れなくて、何時も『叔母さん』って
呼んで『おっ母』とか言わなかったよ。
 叔母さんは叔母さんだ、おっ母とは違うか
らな。
 親父の目が治らない、と分かった時、俺は
怖かったね。叔母さんが怖いんじゃなくて、
叔母さんに頼ったら、迷惑をかけたら親父と
一緒に捨てられると本当に思ったよ。
 それで、小学六年生のくせに働く事を決め
てゴルフ場に押しかけたんだ。
 ゴルフ場はオープンしたばっかりで、キャ
デーが少なくて、バッグが担げれば誰でもい
いんだ。
 でも、小学生は俺だけかも知れないね『中
学生です』って嘘を言ったけど、たぶん向こ
うも解ってるんだよ。
 人が足らないんだからね、叔父さんだろう
が叔母さんだろうが子供だろうが誰でも良か
ったんだよ。
 だから基礎知識もルールも知らない。すな
わちゴルフが何だか分からない奴ばかりだよ。
 いきなりバッグを担がされて『行ってこい
』だよ。
 俺もお客に怒られながら、笑われながら、
同情されながら、褒められながら覚えたよ」
 そしてガリ勉は言い切った。
「恥だよな、我が家の恥だよな、誰にも言え
ないよな、だけど一郎にだけ話しておくよ」
 一郎は少々自責の念にかられた、ガリ勉が
勉強ができるのは、この多くの参考書のおか
げで、環境が良いためと思ったが、話を聞く
とそうではなかった、環境は最悪だった。 
   
 一郎はガリ勉に聞いた。
「んでさあ、今は『叔母さん』でなく『おっ
母』っで呼ぶのか」
「そうだよ。あるときの夜、妹たちに『おっ
母は戦ってくるからね、いい子にしてるんだ
よ』って言っていたのを聞いたよ。
 叔母さんの職場は戦う戦場なんだ。ならば
叔母さんは『戦士』なんだ、と思ったよ」
 そう言えば一郎の母も、仕事を始める時は
いつも、膝をポンと叩いて、気合を入れるよ
うに『よし』とか『さて』とか言って始める
のだ。
 一郎は、ガリ勉の母も、気合を入れて職場
向かうのだろう、と思った。
 更にガリ勉は言う。
「叔母さんに心配かけないように、兄弟三人、
仲良くしなければと思い、自然に、妹たちの
真似をして『おっ母、行ってらっしゃい』っ
て言ったよ。
 後で親父から『おっ母が、涙を流して喜ん
でくれた』と言っていたよ。
 それからは『叔母さん』でなく『おっ母』
と呼ぶんだ」

 この母子と兄弟は、後々まで我々の模範と
なるような、麗しい関係を築いていった。
 一郎が『え~、そこまでするの』と思うほ
どのガリ勉の親孝行ぶりである。
 その母の晩年、寝たきりの期間中、二人の
妹がいるにもかかわらず、ガリ勉は下の世話
まで進んでしていた。
 それも少しも嫌がらず、冗談を言いながら、
笑いながらである。
 又、妹たちや、その子供に至るまで、麗し
い信頼関係を築いている。
 厳しい家庭でも、共に苦難を乗り越えたか
らこそ、親子兄弟の絆は強く結ばれるのだ。
 それは一郎の家族でも同じである。
   
 別の話だが、一郎は、ガリ勉の頭の良さは
何処から来るのか考えた事があった。
 なにしろガリ勉の頭の良さは、クラスで一
人だけとび抜けている程である。
 親父の高学歴の影響なのか、親父の遺伝の
せいなのか、だが、それだけでもなかった事
が徐々に分かった。
 ガリ勉は、本気を出すと止まらないのであ
る。すなわち最後まで、とことんやると言う
性格があったのだ。
 例えば、試験の前の日は寝ないで朝まで勉
強すると言う。それが当たり前になり、癖に
なって、どうって事ないというのである。
 一朗は朝まで勉強などやった事など一度も
ないし、出来ないかもしれない。そしてガリ
勉は勉強中、暑さ寒さを忘れる事もあると言
のだ。まさに剣豪の修行に似ている。

 ガリ勉は改まったように言った。
「この間、理由なく殴って悪かったな」
 一朗は、
「ははは、男は簡単に謝るもんじゃない、小
さな事だよ」

 部屋の奥に リンゴ箱をひっくり返したよ
うな机があり、その上にこの部屋には似つか
ない、綺麗な電気スタンドがある。
「おい、あれがガリ勉の勉強机か」
「そうだよ、勉強机も電気スタンドも俺が作
ったんだ」
 ガリ勉は電気スタンドが出来上がるまでの
苦労話をした。
 近所のおばさんが「いらないけど、使うな
らどうぞ」と言われ、スタンドの綺麗な暈だ
けをもらった。
 薄い花模様の暈で、何とか生かそうと思い、
スタンド本体を自分で作る事した。
 先ず一枚のラワンの板を購入し、その面積
に合わせて図面を書き、のこぎりで切り分け
幾つもの部品を作った。
 次に近所の電気店に行き、電気コードやス
イッチ付きのソケットや電球などを購入して
工夫しながら組み立てて行き、ペーパーやヤ
スリで凹凸を無くし、最後にエナメルと言う
塗料を塗り完成させたそうだ。
 ガリ勉は誰かにこの話をしたかったのだろ
うか、生き生きと語るのだ。 
 電気スタンドなど、どこの電気屋にも売っ
ているし、自分で組み立てるためのキットも
売っている。それをすべて自作でやるんだか
ら、一郎は本当にすごいと思った。
「ガリ勉はすげえな、こんなの作っちやうん
だからな、頭がいいだけじゃなくて、手先も
起用なんだな」  
 一郎はガリ勉を誉めた、関心してやった。
見たことのないガリ勉の笑顔を見た。
 錯覚だろうか、一郎もうれしかった。    
   
 一郎とガリ勉との出会いは、一郎と本との
出合いでもあった。そして、ガリ勉が良書へ
の案内人となってくれた。
 そして神田の何十件も軒を連ねて並んでい
る古本屋街に、一郎とガリ勉は何度も訪れた。
 世界の名作を読み、生意気に語り合う事は
とても楽しい事だった。
 世界の詩歌を読み、その感動を語り合う相
手がいる事は、喜びであった。
 一郎はその頃から漫画本を一切読まなくな
った。
     
  (十)
 ある日、体育の時間の水泳教室が終了し、
皆が教室に戻って来た時の事だった。
 親が都議会議員だと言う、加藤勇と言うク
ラスメイトが突然騒ぎ出した。
「俺の金が無くなっている。誰だ、俺の金盗
んだ奴は・・・」
 皆驚き注目した。 
「さっきまであったんだぞ」
 加藤は周りの皆に。
「ここに入れて置いた」と一生懸命説明して
いる様子だった。 
 周りの皆から。
「良く探せよ」「人のせいにするなよ」と言
われていた。
 加藤勇は教室の皆に向かって言った。
「最後に教室から出た奴は誰だ、そいつが一
番怪しい・・・それから最初に教室に戻って
きた奴、そいつが二番目に怪しい」
 加藤は何の思慮もなく決め付けたのである。
 一郎は水泳教室の時はいつもの通り見学で
ある。幼い時の水への恐怖が治らないためだ、
一種の病気だと先生からも認定されている。
 いつもこの時間帯は寂しい、辛い、プール
の隅っこで小さくなって耐えているのだ。そ
のため当然のように一朗だけ、プールへは最
期に皆から遅れて付いて行くのである。
 教室から最後に出るのも、最初に戻って来
るのも一郎以外いないのである。
 一郎は腹がたったが、知らん振りをしてい
た。しかし誰かが一郎の名前を言った。 
「一郎、知らねえか」一郎は驚いた、腹がた
った。そして言い放した。
「何。ふざけんじゃねえよ、知る分けねだろ
う、おめえ見てたのかよ」
 すると加藤は
「誰か見てた奴いないか・・・」
 一郎は絶えかねて席を立ち、加藤の席の前
に立ちはだかり睨みつけて言った。
「加藤、ふざけんなよ、俺が盗んだと言うの
かよ」
 加藤は憮然と言い放した
「なにも一郎だと言ってねえだろう、疑って
いるだけだよ。お前の親父さんケチだからな
あ」 一郎はついに限界を超えた。
「なに、この野郎、立て」
 加藤の胸倉を掴んで無理やり席から立たせ
た。クラスの中は騒然となり、
「やめろ」と、止めに入る奴もいたが、一郎
の耳には届かなかった。明らかに一郎の顔は
青ざめて、正気を失っていた。
 そして殴りかかろうとしたその瞬間、前の
席から大きな声がした。
「一郎じゃないよ・・・・」
 後ろの皆に向って、大きな声で言い放した
奴がいたのだ。
 皆は注目した。誰。誰。  
「一郎は、目の前に札束があっても絶対に手
を出さない奴だ」
 皆、唖然とした。誰。
 大きな声の主はガリ勉だった。いつもおと
なしいガリ勉がクラス全員に向かい、声を張
り上げて堂々と言い切ったのだ。
 これほどの説得力はない。
 教室は静かになった。そして何処からか、
「そーだそーだ」と言う声がした、そして、
「加藤~、勝手に人のせいにすんじゃねーよ
」と言う声もあった。
 一郎は冷静になれた『皆は分かっているん
だ・・・こんなバカは殴る程の価値もない』
一息入れてから加藤の胸倉から手を離した、
 何事も無かったように授業が始まった。
 おとなしいガリ勉が大きな声を出して制止
してくれた。おそらく、すごい勇気が必要だ
ったんじゃないか。
 いざと言う時、裏切らないのが親友だ。な
らば恩を忘れないのも親友だ。一郎はこの時
の事を一生忘れなかった。
 程無く、なくなったはずの金が何処からか
出てきたらしい。
 誰かが皆に言った
「加藤の勘違いだってよ」
 当の加藤は謝りもしない。何事もなかった
様な振りをしている。
『お前の親父さんケチだからなあ』と言われ
て一郎は確かに腹が立った。
 此の頃、学校の行事に度々寄付があった。
一郎の父は、その寄付をしなかったか、少し
しかしなかったのだろう。
 父兄の間ではそんなくだらない事が直ぐ噂
になる。誰かが父の事をケチだとでも言った
のだろう。
 一郎は少しも恥ずかしいとは思わなかった、
逆に父親は偉いと思った。少しも見栄を張ら
ず、ありのままで堂々としているからだ。

  (十一)
 ある日、ガリ勉が誰かに絡まれていた。
 そいつは顔を強張らせてガリ勉に詰め寄っ
ている。
「おい、ガリ勉、どうするつもりだ」
 相手は柔道部の背の高いクラスメイトだ。
「おい、ガリ勉、決着を付けようじゃねえか、
昼休みに体育館に来い。逃げるなよ」
 ガリ勉が脅されている、何があったのだろ
う、一郎は慌ててガリ勉に聞いた。
「おい、何があったんだよ、あいつ柔道やっ
てるし、何で喧嘩なんかするんだよ」
 ガリ勉は首を何回も振りながら。   
「わかねえんだよ、何であいつが怒っている
のか、わからねえんだよ、俺は何もしてねえ
し、俺は何も言ってないし」
 御前中の授業が終わると直ぐ、ガリ勉は体
育館に強引に連れていかれた。
 一郎はその柔道部員とガリ勉の後ろから体
育館に付いて行き、その様子を見ていたが、
一郎は怖かった。
 その柔道部員は、体育館の隅にマットを敷
き始めた。そしてガリ勉に。
「さあ、かかってこい」と掛け声をかけて身
構えた。勝負を挑んでいるのである。
 無茶だ、柔道などしたことのないガリ勉を
相手に、柔道をしようというのである。汚い
奴だ、許せない。 
 一郎は迷った、怖かった、でも、見て見ぬ
ふりはできない。しかし相手が悪過ぎる、強
すぎる。でも一郎は恐る恐る、いや震えなが
ら止めに入った。
「何してるんだ、やめろよ、やめろよ」なん
とも小さな声だ、弱々しい声だ。
 柔道部員は一郎の呼びかけを完全に無視し、
ガリ勉と組み合ってしまった。
 案の定、ガリ勉はあっけなく倒された。し
かも柔道部員は、その上から抑え込みの体制
に入ったのである。
 一朗はドキドキしなが「やめろよ、やめろ
よ」と言ったが、柔道部員は聞こえない振り
をして、一郎を無視し、怒鳴るような大きな
声で。
「ここから脱出してみろ」と言った。
 一郎はそれ以上どうする事も出来ず、ただ
これ以上エスカレートしないように願いなが
ら見ているしかなかった。
 ガリ勉は手足をばたつかせていたが、抑え
込みの体制は変わらない、そこから抜け出せ
るはずがない。一郎は見ているだけで辛かっ
た、怖かった。
 その時、不思議な事が起きた。
 抑え込まれていたガリ勉は、下から両手を
伸ばし、柔道部員の背中で手首を組み、思い
きり締め上げたのである。
 ガリ勉は一呼吸入れると又締め上げた。
 ガリ勉の両腕は、小刻みに震えるように柔
道部員の銅を下から締め上げた。
 すると思いもよらない事が起きた。
 抑え込みをしている柔道部員は、自ら抑え
込みを解き、横に転がり座り込んで激しい息
使いをしているのである。
 ガリ勉の息使いも激しく、何回も大きく呼
吸しながらゆっくり起き上がった。
 座り込んでいる柔道部員は驚いたようにガ
リ勉に言った。
「息ができなかっよ、死ぬかと思ったよ・・
・・いやー、ガリ勉は怪力だな、すげえ怪力
だな、驚いたよ」

 洋一の怪力は明らかに仕事をしているせい
である、自分でも気が付かなかったのであろ
うが、小学生の時から毎日バッグを担いでい
るのだ。毎日が、腕の筋力を鍛えるための訓
練をしているようなものだ。
 柔道を一年や二年やっているだけの駆け出
しのヒョロヒョロに負けるわけなかった。
 洋一は柔道の技など知らないが、腕の筋力
だけは人一倍強いのである。
 一郎は助かった、もし見殺しにするような
ことがあれば、卑怯者になる所だった。
 激しい生きずかいのガリ勉に聞いた。
「何回も聞くけどよ、何があったんだよ」
 がり勉は何回も言う。
「だから分からねえよ、なんで絡まれたのか
が全然わからないんだ。あいつが何を怒って
いるのかが分からないんだ」
 でも一朗は想像できた、ただの弱い者いじ
めだと。自分の力を、弱い者を相手に試して
みたかっただけだと。
 一朗とガリ勉が教室に戻ると、例の柔道部
員がクラスの誰彼構わず話している。ガリ勉
の事を宣伝している。
「がり勉はすげえ怪力だぞ、怪力マンだ、す
げえぞ、がり勉はクラスでナンバーワンだ、
力道山みたいだぞ」と。 
 弱いと思えば威張り、強いと思えばへつら
う、愚かな動物と変わらない人間の性なので
あろうか。
 その後、我クラスの力自慢たちが、ガリ勉
に腕相撲を申し込んでくるようになり、ガリ
勉は相手になってあげていた。
 もちろんガリ勉は、ずば抜けて強い。一郎
は嬉しくてしょうがなかった。

  (十二)
 人生には山あり谷あり、と誰でも言う、厳
しい谷が連続して連なる事もあるのだ。
 夕食が終わった頃だった。
 突然、音もなく何処からか大量の水が家の
中に侵入してきて、みるみる水暈が増え、色
々なものが漂い始めた。布団が浮いた、畳が
持ち上がった。
 何が起きているのか理解できず、頭が混乱
して恐怖を覚えた。母や姉は悲鳴にも似た声
で「上にのせて、上にのせて、これを早く高
い所に置いて」と叫んでいた。
 至る所から水が噴き出し、大量の紙や箱や
下駄や草履や、何だか分からない木材やゴミ
等、渦を巻くよう漂いはじめた。
 一朗の父はまだ帰宅せず留守であったが母
も姉も弟まで手伝って、大事なものを水に濡
れないように高い所へ移していった。
 しかし水位は増すばかりだ。

 一九五八年九月二二日
 台風第二二号は中心気圧八七七 h P aを観
測する、大型で猛烈な台風となり、関東地方
を中心に記録的な大雨を降らし、土砂災害や
河川の氾濫が相次ぎ、死者・行方不明者千二
百人以上を出す大災害となった。
いわゆる狩野川台風である。
 風による被害も大きかったが、大雨による
被害は凄まじく、伊豆半島を中心に、狩野川
の氾濫や山間部での崖崩れが多発し、高さ一
二メートルに及ぶ洪水も発生した。
 都内だけでも床上浸水が一二万三千六百世
帯に及び、その被害は下町だけでなく、山の
手にも及んだ。
 下水道から溢れた雨水はマンホールの蓋を
高く持ち上げ、噴水の様に吹き出し住宅街に
逆流して流れて行った。

 一朗の家に侵入してきた水の勢いは止まら
ず、家族皆必至でドタバタしながら悲鳴を上
げながら、恐怖に怯えながら、更に高い所を
探し、何でもかんでも積み重ねていった。
 しかし水位の上昇に間に合わず、次々と水
没してしまった。そして積み上げたものが崩
れてしまい、渦を巻いて漂い、もう手の施し
ようがない状態になってしまった。
 濁流が一郎の腰の少し上あたりまで上昇し
てきた時、一郎は恐怖と戦いながら必死に考
えていた。
 『このまま水位が上昇すれば溺れる、高い
所へ逃げなければ』と思った。
 『パニック状態の母と姉と弟を連れて、家
から脱出しなければならない』と思い、その
方法を必死で考えた。
 屋根に登るしかないのである。
 不思議にも停電にはならず、灯りは点いて
いたため、暗闇ではなかったのが幸いしたの
か、ひどいパニックにはならずに、考える事
ができた。
 電気は今のような漏電感知機能がないため、
水に浸かっても切れないのである。しかし、
気負付けなくてはならない事がある。
 一朗はコンセントに近ずき過ぎて感電して
しまい、飛び上がらんばかりの衝撃を受けた
てしまった。
 一朗は家族に注意した。
「コンセントに近ずくと感電するからね、気
負付けてよ」しかし母と姉は、一郎の注意が
聞こえたのか聞こえないのか、正気を失って
いるのか、「どうしよう、どうしよう」と言
うばかりだ。
 一朗は恐怖と戦いながら、何処を伝わって
屋根に登るか必死で考えた。
 窓枠に登り物置の屋根に手を伸ばし這い上
がり、そこから家の屋根に上がるのが一番良
いと考えた。
 しかし、母や姉や弟に、にそれができるだ
ろうか心配だ。しかし、決行するしかないと
思った。
 それも早い内に決行しなければならない。
これ以上水位が上がれば全員溺れてしまうか
らだ。
 一朗は母と姉に、屋根に上がる方法を伝え
た。しかし全く返事が無い、水の流れる音が
不気味に響き渡り、返事が聞こえなかったの
かもしれない。 
 一朗は家から脱出するために窓を開けた。
 暗闇の中、黒い濁流と共に、あらゆるもの
が流されていく恐ろしい光景を見た。そして
不気味な家のきしむ音と濁流と共に、人の叫
び声が遠くに聞こえた。救助を求めているの
ろうか。
 今は水位の上昇が収まるのを祈るだけだ。
 恐ろしく長い時間が流れた。恐怖は時間を
引き延ばすのだろうか。
 しかし幸いな事に、水の勢いが弱くなり水
位の上昇がおさまってきたのだ。
 恐怖から少し解放された。家から脱出する
必要がなくなたのである。
 しかし、安心したためか、はだしのまま動
き回っていた一郎は、水中にある鋭い何かを
踏み付けてしまった。
 足の裏に激痛が走り悲鳴を上げた。
「お兄ちゃん、どうしたの」と母が心配して
くれたが、一郎は立ち尽くすのが困難なほど
の痛さに、顔をしかめて耐えていた。
「一郎、どうしたの」と今度は姉が心配して
くれたが、一郎は。
「大丈夫、大丈夫」と言うしかなかった。

 いつもより遅く父が帰って来た。
 電車は間引いて動いていたが、バスが運行
停止だったそうだ。
 ジャブジャブと水をかき分け泳ぐように、
「たいへんだ、全くたいへんだ~」と言いな
がら、又、近所の人に声をかけながら帰って
来た。
 父は車のドライバーをしていたためか、家
にはタイヤのチューブが何本も保管されてい
た。それを膨らませ、近所の叔父さん方と協
力し、ロープで縛り板切れを乗せ、簡単な筏
のよなボートのようなものを作った。
 それに一朗達三人が乗り、父が胸まで水に
浸かり、慎重に押して、水没していない近く
の高台へ先ず避難させられた。
 そこには暗闇の中、大勢の人たちが避難し
ていて、誰もかれもが立ったまま、水没した
我が家の方を茫然と見ていた。
 しかし当時、避難所など何処にもない、役
所からの指示もない、消防署からの救助も無
い、警察からの支援も無い。
 父は、濡れていない着替えを持ってきてく
れた。そして、三人でお雪婆の所へ行く様に
言った。
「お父さんは、取り残された人達を助けに行
からね」と言い、駅も姉にお金を渡し。
「お姉ちゃん、頼むよ」と言って別れた。

 確かに、屋根の上に避難している人はかな
りいたらしい。いや、屋根を遥かに超える所
まで浸水している地域もかなりあった。
 救助は困難であっただろう。暗闇で人の声
でしか分からないのだ。
 幸い濁流の流れは殆どおさまり、水位も停
滞しているため、浮くものがあれば容易に救
助できそうだった。しかし、水位が下がる気
配は全くないのだ。
 その時の水位の高さは記録的で、現在、町
のあちこちの電柱などに表示されていて、教
訓となっている。
   
 一朗達三人は姉に連れられてお雪婆の家に
向かった。姉は何度も行った事があるため、
行き方が分かっているはずだった。  
 一朗は右足の傷が痛く、びっこを引きなが
ら歩いた。そこに弟がしがみついくるのであ
る。しかし我慢した。
 駅もホームも大混雑だった。
 列車の運休や遅延に関するアナウンサーが
絶えず流れ、一朗達三人は途中何度も駅員や
回りの人に聞きながら、迷いながら電車を乗
り継ぎ、北千住駅にたどり着いた。
 そこでも迷ったが、東武線の改札口にやっ
とたどり着いた。
 そこで一人の駅員が大きな声で。
「台風の影響で杉戸(現在の東武動物公園)
以北は運転中止です、杉戸までしか行けませ
ん。復旧のめどはたっていません」と叫んで
いた。
 姉は、他の行き方が分からなかった。行く
事もできず帰る事もできず、途方に暮れてし
まい、しばらく立ちすくんだ。      
 幾人かの人が駅員さんを取り囲み、色々と
詳しい情報を聞いていたのを見て、姉も駅員
さんに、どうしたらいいか聞いてみた。
「杉戸からはバスが出ています」と言う事を
聞いたので、一朗達は先ず杉戸まで行く事に
した。
 一時間半程で杉戸駅についたが、バスの乗
り場が分からず、ここでも迷ってしまった。
 幸い駅前に行列があり、車掌さんらしき人
が案内しているのを見て、やっとその行列に
並ぶ事ができた。
 しかし、どの方面に行くバスか、何処で降
りるのかなど全く分からない、そのため、姉
は案内していた車掌さんらしき人に聞いて見
た。
 目的の電車の駅は二つほど先だが、残念な
がら、その方面へのバスは道路が水没してい
るため運休している、と言う事だそうだ。
 姉はどうしても行かなければならない事情
を言うと、その駅に最も近い停留所まで行く
バスに乗るように言われた。そして後は歩く
しかないと言われた。
 降りてからの道順を詳しく教えてくれた。
しばらくしてバスがきたが超満員であった。
 ひどい揺れに耐えながら、一朗達三人は目
的の停留所にたどり着き降りた。

 ここからは歩くしかないのだ。
 台風一過の夜、木々の葉が騒めき、虫の鳴
が僅かに聞こえる。月明りに照らされた誰も
いない、寂しい田舎である。
 姉も大変だったが一朗も怪我をした足を引
きずり辛かった。三人とも疲労こんぱいであ
ったが、あと少しと思えば、頑張れた。
 言われた通り行くと、言われた通りの少し
広い通りに出た。しばらく行くと姉が、
「あった」と叫んだ。
 電柱の上の方にある道路標識を発見したの
だ『日光街道』と書いてあった。
 三人は安堵した。後は真っ直ぐ進めば、必
ず見覚えのある所にたどり着くはずだ。
 案内してくれた人が「一時間以上かかる」
と言っていたが、心がはやり、直ぐ着くよう
に思えた。
 街道なのに道路は凸凹で、街灯も付いてい
ない。台風のため、停電しているのだろうか
とにかく暗い。
 都会暮らしの一郎たちからすると、この暗
は異常だ。はるか彼方に家の明かりが見える
が、畑の中の何もない真っ直ぐな道だ。
 幸いなことに、雲の切れ間から月灯りが大
地を照らしてくれたため、方角だけは分かっ
た。
 しばらく行くと何本もの大木が道路を塞い
でいた。そう言えば、道路なのに車が一台も
通らない事が不思議ではあったが、その理由
がわかった。
 台風のせいであろう、根こそぎ薙ぎ倒され
た大木や、途中から折れた枝が道路に散乱し
ていた。
 更に進むと、今度は道路が水没していた。
月明りに照らされた水は、光ってはいたが泥
水である。  
 どれだけ深いのか見当もつかず、泥だらけ
になるのを避けるため、別の道を探す事にし
た。
 田のあぜ道等に入り込んで突き進むと、別
の道路が現れた。おおよその方角へ歩いてい
ったが、その道路も水没していた。
 台風の直後だ、至る所で道路が寸断されて
るのは仕方ない事である。
 少し高い所から見渡したが暗いためか、回
り道が見つからず、しかたなく水没した水の
中を三人は手をつないで渡った。
 もう、泥だらけである。一朗はびっこを引
きながら、痛さに耐えて歩いた。弟を支えな
がら、姉の後ろを必死に追いかけた。
 月明りのみで、農家の小さな灯りだろか、
遥か遠くに見えるだけの、恐ろしくさみしい
凸凹の道である。そして、恐ろしく暗い林を
つまずきながら、転びながら抜けた。
 虫の合唱がうるさい、草木のざわめきがう
るさい、誰にも合わない、車も通らない、地
の果てのような所を進んだ。

 三人は道に迷ってしまった。
 姉は何度も来ているのだが、今日は回り道
でもあり、いつもと違うのである。そして夜
中だ。
 姉は、目印や見覚えのある何かを探してい
るようだが全く分からない様子だ。
「鉄塔があった、小川があった」と言うが、
回りをよく見ると、鉄塔らしいものが幾つも
あり目印にはならないのである。
 姉は「頑張れ頑張れ」と何百回も言った。
 何時も降りる駅の方向を探したが、分から
ない様子だ。少し開けた所から目をこらして、
電車の線路のある方を探したが、電車は走っ
いないのである。全く分からないのである。
 何処かにたどり着けば、今いる場所が分か
るかも知れない。又、夜遅いが、何処でもい
いから農家を訪ね、道を聞く事ができたかも
しれない。助けてもらう事もできるかもしれ
ない。しかし、その灯りははるか彼方だ。
 姉は「頑張れ頑張れ」と言うだけで、ひた
すら歩くだけだ。
 いくら歩いても月明りに照らされるのは同
じ風景だ。迷路に迷い込んだのだろうか、さ
っき通ったばかりの道を歩いている感覚だっ
た。
 それは突然の事である。
 一朗は、自分の意志に関係なく体が震えは
じめたのである。歯も小刻みにガタガタする、
一朗の異常に姉は驚き。
「一郎、どうしたの、どうしたの」と心配し
た。一朗は倒れ込む程の疲労があった。そし
て恐ろしい程の寒気がおそった。
「少し休むよ」と言い、座り込んだ。いや、
「もう一歩も歩けない」と言いたかった。い
や、足が動かないのだ。
 想えば今日の昼食以後、何も口にしていな
いのだ。幾時間か前に、駅のホームで水を飲
んだだけだ。一郎にしがみついてくる弟を見
ると、泣きそうな顔をしている。兄として弱
音を吐く訳にはいかない。
 幸いに、少し休むと一朗の体の震えは少し
ずつ収まって来た。
 一朗は痛めた右足を引きずるように立ち上
がった。一朗は弟を支え姉は一朗を支えなが
ら、泥だらけの三人は又歩きだした。
 もし、もしも月が出ていなければ、一歩も
動けないだろう。一郎達の味方は月天のみで
ある。
 一朗達は、石や木の根や、折れた木の枝に
つまずきながら、真っ暗な恐ろしい森や林を
抜け、果てしない道をさ迷い、絶望と思える
無限の時間を費やした。
   
 哀れなこの三人の子供達を見て、大月天が
導いたのであろうか、突然、お雪婆の家の前
にたどり着いたのである。
 姉は激しく戸をたたいた。
「お雪婆、お雪婆、お雪婆」
 家族ごと起きて来て、一郎達を向かい入れ
てくれた。
 土間に入るなり、姉は座り込んでしまい、
大粒の涙を流した。弟は部屋へ入るなり寝て
しまった。
 姉は今日の出来事を興奮して話したが、話
の前後が合わず、意味不明な所もあったが、
お雪婆はすべてを理解してくれた。
「全部分かとるぞ、そうなんそうなん、ほん
にかったりーべえ」と姉の背中を何度もさす
っていた。
 叔父さんが一朗の足の手当てをしてくれた。
 桶の水で綺麗に洗った後、小瓶に入ってい
た塗り薬を取り出し。
「これを塗ると痛みが無くなるぞ」と言って
直接傷口に塗ってくれた。すると、本当に痛
みが無くなったのだ。
 姉も怪我をしていた、擦り傷や打撲の跡が
至る所にあった。
 一朗はお茶を飲んだ。ものすごく旨いお茶
だ、言葉で言い表せないくらい旨いお茶であ
った。
「ひゃっこい飯だが食えや」と言われて出さ
れたが、何故か、少ししか食べられなかった。
 疲労が極限に達すると、食欲も無くなるの
である。
 一朗達は、大明星天が輝く頃、吸い込まれ
るように寝入った。

 お雪婆の家の人達は皆親切で、一郎達を快
く受け入れてくれた。しかし、この台風の被
害は、お雪婆の家でも興っていたのだ。 
 台風が去ってからの、農家の人達は大変で
ある。水路の管理や修理を必死でやらなけれ
ばならない。
 この地域の農家の殆どが米農家で、収穫前
のため、この台風の被害は甚大で、多くの稲
が水に浸かったり、折れたり倒れたりしたた
め、喩え、いくらかの収穫を得ても、品質が
悪くなると言うのだ。
 お雪婆の家の人達も、皆疲れていた事だろ
う。その中での皆の親切が忘れられない。                
   
 洪水に見舞われた一朗の家の回りから、完
全に水が引くまで二日かかった。
 一朗の家のある一帯は、東京でも特に低い
所にあったらしく、周辺の三千数百世帯が床
上浸水の被害にあった。
 場所により屋根を遥かに超える浸水に、亡
くなった人もいたと聞いた。
 過去に、この一帯が水没したと言う記録は
全くなかったため、まさかのできごとだった。
 今回は、異常な大雨のため、排水が間に合
わなかったとか。ポンプが故障したためとか
聞いたが、何の補償もないのである。
 現在、その時の水位の高さが、町の至る所
に表示されている。
  
  (十三)
 三日程度で、一部を除いて東武線が復旧し
た事が分かった。
 一郎の足の手当てをしてくれた叔父さんが
「足の具合いはどうか」と聞いてきた。
「治ったよ、全然歩けるよ」と答えた。
「叔父さは一郎の家の様子を見に行くから、
一郎も付いて来いや」、と言って一郎をさそ
った。
 叔父さんは、着替えの服や、かなりの数の
おにぎりや、吹かした芋などの食料をリュッ
クに詰め込んで言った。
「一郎も男なやから、こういう時こそ活躍す
るんだぞ。さあ、片付けの手伝いに行くぞ」
 一郎は姉と弟を残し、朝早く、叔父さんと
出かけた。いや家に帰る事に、いや様子を見
に、いや跡かたずけの手伝いに出かけた。

 電車を乗り換え、駅からバスに乗り換えた
が、墨田川への途中で、
「この先は運航できません、ここから折り返
し運転になります」と言われて降ろされた。
 徒歩で川岸に出て橋を渡った、そしてその
緩やかな坂の向こうを見て驚いた。いつもの
見慣れた、町の景色は一編していた。
 そこら中がぬかるみ、瓦礫が散乱し、すべ
ての建物が、緑の空き地が灰色になっていた。
 その中で人々は動いていた。いや、働いて
いた。
 一郎は叔父さんを連れて我が家にたどり付
いたが、人が住める状態ではなかった。
 近所のどの家も同じである。
 その中で父と母が懸命に後かたずけをして
いた。父の友人や母の友人も手伝いに来てく
れていた。
 叔父さんは父母と挨拶を交わすと直ぐ大き
なリュックの中身を渡した。父母は歓声を上
げる程喜んでいた。
 昨日まで水が引かなかったそうだ。そのた
め父母は、高い所に板を引いて夜は寝たそう
だ。いつたい、何を食べていたのだろうか。
 一朗は、普通の生活のありがたさをかみし
めた。
 叔父さんも一郎も直ぐ皆の中に入り作業を
手伝い始めた。
 泥まみれの家具や衣類をとにかく洗う洗う、
干す干す。そして、使えなくなった家具や布
団やその他のゴミを外に山済みにする。
 果てしなく思える後かたずけをした。
 どんなに乾かしても、家の中は濡れたまま
だ。床下のあちこちにある水たまりは簡単に
は消えない。
 夕方近く、一郎は父母を残し、叔父さんと
お雪婆の家に帰る事にした。
 一郎は、帰りの混んでいた電車の中で立っ
ているのがやっとだった。

 一朗は、この水害が何かの終わりで、何か
の始まりの様に思えた。
 間違いなく言えることは、一朗が精神的に
一歩成長した事だ。

 一週間程度を経て、家に帰れるようになっ
たため、お雪婆と、その家族にお礼を言い一
朗達三人は水没した家に帰る事にした。
長距離での電車通学は無理なためでもある。
 しばらくの間、一朗達は劣悪な中での生活
を余儀なくされた。
 曲がった隙間だらけの襖に、新聞紙を張り
付けた障子に、畳のない床に茣蓙を敷き、小
さな布団に兄弟寄り添って寝た。
 床下の湿気はひどく、部屋の隅から大きな
キノコが生えて来た。
 それでも学校は休まず通った。
 
 救援物資が支給されると連絡があり、取り
に行った。
 大変ありがたい事で、ご提供して下さった
方に感謝したいが、とやかく言う立場ではな
いが、一〇日も過ぎてからでは緊急物資とは
言えないのではないかと思う。
 更に言えば、役に立たない古着が多く、殆
どの人が受け取らずに帰っていった。
 今回の水害は、水に流されたのではなく、
水に浸かったのだ。洗って乾かせば元に戻る
ので古着は必要ないのである。
 善意には感謝するが、被災者に何でも送れ
ばいいというものではない。

 この機に乗じて、被災者を相手に、詐欺ま
がいの商売する人もいる。
 ノズルの付いた噴霧器を持ってきて。
「消毒しますよ、消毒しますよ」と言い、各
家庭を回るのである。
 何処の家も、てっきり役所か保健所か町会
のサービスかと思い。
「お願いします」と返事をするのである。す
ると、家の周りに白い液体を手早く撒き初め、
終わるとその場で高額な料金を請求するのだ。
 誰も消毒業者とは知らず、料金が発生する
とは思わず、近所の殆どの家が頼んでしまう
のである。そして支払いを拒否すると、一人
の主婦に三人の男が取り囲み、脅迫するので
ある。
 一朗の母も最初は支払いを拒否したが、料
金を言った言わない、聞いた聞かないの争い
になり、最後は屈強な男三人の脅迫に、仕方
なく料金を払ってしまうのだ。
 しかも、業者が撒いた白い消毒液の上で、
虫が動き回っているのである。
 何十倍も薄めた消毒液か、ただの白い水で
ある。
 何時の世も、人の弱みに付け込んだペテン
師はいるものだが、因果応報、自業自得を信
ずれば、こんなことは出来ない。
 
 それから、土壁の凄さが分かった。
 二日間水につかった土壁は、乾けば元にも
どるのである。染みは付いたものの、表面も
平らのままで、もろくもならず復活するので
ある。  
 いずれにしても、この水害は、我が家にと
って大き過ぎる負担となった。空いた穴は塞
がらない時もあるのだ。  

  (十三)
 ある日の朝 姉が起きない。
 姉はいつも早く起きて、母と一緒に朝食の
準備の手伝いをしたり、一郎や弟を起こし布
団を畳んだり、姉は忙しいはずだ。
 そして登校するのも早いのだ。
 しかし今日は違う。母は。
「早く起きなさい」と姉に何度も催促する。
 不思議な光景だ。一郎は朝食を済ませ、さ
っさと学校へ登校した。
 同じ中学校に通う三年の姉と一年の一郎だ
が、一緒に登校した事は殆どない。
 姉は早く登校し、一郎はギリギリに登校す
るからだ。

 次の日の朝も姉はなかなか起きてこない。
母の再三の催促に、やっと姉は起きてきた。
 一郎は不安になった。いつもの姉と違うか
らだ。一郎は姉を心配しながらも家を出た。
 昼休み。
 一郎は三年生の校舎に行き、姉のクラスに
様子を見に言った。
 姉のクラスの生徒に直ぐ見つかり何人もの
女子に囲まれてしまった。
「あ、会長の弟でしょ」「君も頭が良いんじ
ゃない・・・やっぱり似てるよね・・」
 矢継ぎ早に色々聞かれたが、どうも居場所
が悪くなり、適当に答えて早々に退散しよう
と思った。
 その時、驚きの質問が飛んできた。 
「ねえ、会長どうしたのよ、昨日から休んで
るよ」「風邪でもひいたの、大丈夫なの、休
んだ事なんか無いのにね」
 一郎は返答に困った、知らないからだ、冷
汗をかく思いで答えた。
「はい大丈夫です、明日は来ますから」
 一朗の不安んは的中した。姉に何があった
んだろう、おかしい、姉は家を出ているはず
だ・・・姉は何処に行ったんだろう。一郎は
不安で仕方なかった。
 その日の夕方「ただいま~」姉の明るい声
がした。何事も無かった様に姉は帰ってきた。
それも元気いっぱいに。
 一郎は、今日の昼休みに姉のクラスに行っ
た事は言えなかった。何故学校を休んでいる
のか姉に聞けなかった。
 聞くのが怖かったからだ。

 数日後の夜、突然、姉の担任の先生が一郎
の家にやって来た。
 母は突然の事に少し驚いた様子だったが、
「こちらにどうぞ」と、居間に案内した。
「いつもお世話になっております。今日はお
忙しいのに、本当にありがとうございます」
と、挨拶し、茶を出していた。
 先生に父の帰りが仕事で遅い事を告げた。

 母に一郎と弟は隣の部屋に行くように促さ
れた。 
 一郎は軽く挨拶を済ますと邪魔をしないよ
うに隣の小さな部屋に移った。
 担任の先生は姉に、 
「元気そうだな、安心したよ」と声をかけた
が、姉は小さな声で「ハイ」と答えただけだ。
 担任は母に聞いた、
「三日も休んでいるもんで、今日は心配して
来てみましたよ、どうしましたか」
 一郎は静かに耳をそばだてて聞いていた。
 母は驚くかと思ったが、意外に冷静だった。
「すいません連絡が遅れて、明日から登校さ
せますから安心して下さい」と言い、姉に向
かい、
「ね、お姉ちゃん、明日から行くよね」と言
った。母は何かを知っている。一朗は安心し
たが、不安が残った。
 担任の先生は姉と、学校の事だろうか、親
しそうに明るく元気に会話をしていた。
 担任の先生は微笑を浮かべ、安心して帰っ
ていった。 
 何事もなく、平穏な日々が続いていが、月
も星も見えない冷たい風の日の夜の事だ。
 三人の先生が一郎の家にやって来た。
 先生と父母との長い会話を、一郎たちは隣
の部屋で耳をそばだてて聞いていた。
 一朗は、すべてを理解した。
 姉は父母から。
「高校進学を諦めるように」と言われ、かな
り落ち込んでしまい、学校を休んでしまった
のだ。
 学校に行く振りをして、埼玉のお雪婆の所
に行っていたのだ。
 お雪婆からの連絡で、母はその事を知って
いたが、知らない振りをしていたのだ。
 母はお雪婆を信頼していた、又頼っていた
のかもしれない。
 人生のいばらの道を歩んできたお雪婆だ、
きっと姉を励まして、元気にしてくれるはず
だ。そう信じていたに違いない。
 三人の先生は父母を説得に来たのだ。
「優等生です。何処の高校でも受かります、
何とかなりませんか」と言うのだ。
 父と母は、ありのままを語っていた。
 借金に負われ苦しんでいる事や、今の仕事
への不安や、大病を患った後の体の限界等も
話していた。
 そして父から『定年』と言う言葉を初めて
聞いた。
 父と母の年の差は二五歳と聞いていたが、
一郎は『定年』と言う言葉の意味を初めて知
った。
 三人の先生は
「我が校最大の功労者だから、学校を上げて
応援する」と約束した。
 最後に父は
「考え直す」と言った。 
 一朗は、小さな部屋のテーブルの向こうで、
静かに泣いる姉の背中を見た。

 一郎は激しい衝撃に襲われた。それは初め
て味わう息苦しい衝撃だ。心の底から湧いて
来るような、突き上げて来るような衝撃だ。
 一郎はいたたまれず家の外へ出た。
 吹きすさぶ初秋の風が、恐ろしい程冷たか
った。
 一郎は、しばらくの間、夜空の一点を見つ
めて動かなかった。混乱した頭の整理ができ
ないのだ。
 姉は誰よりも母を支え、黙々と働いている
姉は、外交官と言う大きな夢に向かい、誰よ
りも努力し誰よりも勉強している。 
 その不屈のエネルギー源こそ、海外で働く
と言う『希望』であった。
 最愛の姉から、努力と忍耐に咲く希望と言
う花を根こそぎ奪う者は何者なんだろうか。
 希望と言う胸中の炎を消し去る者は何者な
のなんだろうか。
 一朗は、その見えない敵を、隠れている悪
者を、激しい怒りをもって探した。
 しかし、いくら探しても、いくら考えても、
見当たらないし、分からないのだ。
『誰も悪くない・・・いや、そんな事は絶対
にない、誰かが悪者なんだ、そいつは誰だ、
何処にいるんだ』
 やがて一郎は、何も分からないまま、見え
ない悪魔に対し、復讐を誓うのである。

  (十四)
 広く明るいロビーには、やさしい音楽が流
れていた。傍らのソファーには幾人もの人達
が、煙草の煙を立ち上らせ談笑していた。 
 そこは、笑い声や掛け声や挨拶等が入り乱
れた大人の空間だった。
 ゴルフ用品が綺麗に展示されているコーナ
ーがある。奥は食堂だろうか、多くのテーブ
ルが並んでいて、綺麗な女性店員が忙しそう
にお客様を案内していた。
 ここは、大人の世界の選ばれた人達の来る
特別な所だ。そのためか一郎は場違いのよう
に感じて、少々緊張した。
 一郎はガリ勉の案内で奥の(事務所)と書
いてあるドアーの前に立った。
 ガリ勉は。
「失礼します」と言いドアーをたたいた。
「はい」と誰かが答えたので入った。
 さほど広くない部屋に幾つかの机が並び、
二人の男性が机に向かい仕事をしていた。
 三〇歳ぐらいだろうか、色の浅黒い叔父さ
んが振り向いた。
「ん・・誰や」
「キャデーの佐藤洋一です」
「あ、佐藤君ね・・・で、何んや」浅黒い男
はガリ勉の方をチラチラ横目で見ながら、仕
事の手を休める事なく机に向かっていた。
「友達なんですけど、こいつ、キャデーやり
たいって言うんで連れて来たんですが」
 ガリ勉の話が終わるか終わらないうちに。
「あそう。今度な・・・募集がある時に面接
に来いや」
 男は一郎の顔をチラチラ見ながら、更に仕
事を続けている。一郎は頭を下げて元気良く
挨拶した。
「内田一郎です、よろしくおねがいします」
 男は仕事をやめて正面に向き一郎の顔を見
た。
「よし。覚えておいたろ・・・内田君やな、
六ヶ月後に又合おうやないか」
 すかさず洋一が言った
「こいつ、直ぐやりたいって言うんです・・
・駄目ですか・・・」一郎も言った。
「直ぐやりたいんですが・・・」
 色の浅黒い男は、仕事の手を止めて、一息
付いてから椅子から立ち上がった、そして一
歩二歩近ずいて来た・・・背が高い。そして 
一郎とガリ勉の真正面に立って言った。
「あのなあ、六ヵ月後と言うてるんや、途中
からは雇わん。今日は帰んな」見下ろされな
がら冷たく言われた。ガリ勉は下を向いた。
 一郎は男を見上げて言った。
「六ヶ月も待てないんです。お願いします」
「・・・あのなあ、僕にお願いされても困る
んや、決まりやからな、決まりは変えられへ
ん、そやろ・・・えーと、内田君と言うたな、
なら、この間の募集の時、何で来なかったん
や」
「知らなかったんです」
 男は首を縦に振りながら言った。
「あ~、さよか、それは残念やったな、今度
こいつから、えーと、佐藤君から連絡してや
るから必ず来い。それでええやろう」
 浅黒い男の声は冷たく響いた。一郎の心臓
の鼓動は背中にまで響いた。
 ガリ勉は下を向いて黙っている、しかし一
郎は勇気を出して言った。
「一生懸命にやろうと思っています、お願い
します」
 更に冷たい言葉が返ってきた
「おい小僧、この仕事は何時でも誰でもどう
ぞ、と言う分けにはいかへん。キャデーだろ
が、それなりに教育し訓練せにゃならん。何
んも知らねえ奴がでける訳ねえやろ。駄目な
のは駄目や、決まりは決まりや。俺は今忙し
いんや、仕事の邪魔しねえようにしてくれへ
んか、帰んな帰んな」
 男は一郎達が事務所から出て行くのを見届
けるつもりなのか、腕組みをして仁王立ちに
なり動かない。
 ここまでか・・・
 一郎がガリ勉にキャデーの仕事の紹介を頼
んだ時、洋一ははっきり言っていた。
「途中から雇われる人はいないよ、新人は講
習を受けるんだ、途中から一人だけ特別にと
言う分けにはいかないよ、俺なんかが頼んで
も絶対無理だよ、六ヶ月後だね。
 それも中学生なんか一番最後で足らない分
だけ雇うんだから、雇われるかどうかさえ分
からないよ」
 一郎はガリ勉の性格を知っていた、忍耐強
い所はあるが、頭が良いせいか、計算して無
難に結論を出す。安全運転もするのだ。
 一郎は頭で考えて出す結論より、可能性を
信じるのだ。時に無謀になる。
 しかし今日は、一郎の勇気もここまでだ。
返す言葉が浮かばない、ついに一郎も下を向
いた。
 その時下を向いていたガリ勉が突然言った。
「こいつ困っているんです」
 男は語気を強めて言い返した。
「おいおい、困っているのは俺の方や、お前
らが帰らねえと仕事が終わらねえからな」
 一郎は諦めたが、最後の勇気を搾り出して
言った
「どうしても駄目ですか」
 男は冷たく言った
「駄目や、どうしても駄目や」
「分かりました・・・帰ります」
 男はニヤっとして言った。
「ああ、そうしてくれ、俺は助かるわ」
 その時・・・・豪快な笑い声が奥の方から
した。
 事務所の奥にいたもう一人の体格の良い、
髪の毛が少々薄い男だ。 
「お前ら豊中だな、良い根性してるな・・・
おい中川、こいつにやらせてやれ」
 色の黒い男は中川と言う名前らしい、そし
て中川と言う男は言い返した。
「部長、いいんですか、中学生ですよ」
「ああいいよ、中川、お前が面倒見てやれ」
 中川と言う男は一郎の頭を平手で軽くポン
ポン叩きながら言った。
「エー、俺が教えるんですか、こいつに」 
「ああ、そうだ、一人前にしてやれ」
「エー、そうですか、ハイ、分かりました」
 予想外の展開に一郎とガリ勉は元気良くお
礼を言った。 
 奥の体格の良い部長は微笑を浮かべ。
「頑張れ」と言った。

  (十五)
 一郎は、授業が終わると、一目散にゴルフ
場に向かった。
 あの中川と言う色の浅黒い男は待ち構えて
いた。
「直ぐ外に出ろ、グリーンで講習や」
 一郎は前の日に、洋一から色々とキャデー
の仕事の内容を聞いたため、教わる事を難な
く次々とクリアーしていった。
「お前は覚え早えー、頭がいいんやな。しか
し実践ではどうかやな、俺の言うた事忘れん
なよ」
 又、キャデーの見習いの講習の期間でも、
僅かだが賃金が支払われる事を不満に。
「教わる奴に金を払うとは、おかしいやろ、
俺がお前から講習料をもうのが普通やろ」
と冗談を言っていた。

 講習は二日間続いた。
 一朗は覚える事は多くて不安だったが、
「あとは経験を積むしかねえ。客にアドバイ
スができるようになれば一人前だが、簡単な
事ではねえ。最初は客に迷惑のかからねえよ
うにしてればええ」と言った。 
 又、こんな心配もした。 
「だがよ。お前、貧相な体系やな、小学生と
間違うで。バッグ担ぐとよろけそうやな、お
客から『あの子倒れそうです』とか言われた
ら大笑だぜ」
「大丈夫です、運動は得意ですから」
「運動会じゃねえや・・・いいか、お客から
不満が出るのを覚悟でやらせるんや、先ず『
新人で何も分からないので』と最初に言った
ほうがええな。
 ま、ご機嫌の悪い客に当たらんよう祈るし
かねえな」
 中川さんは愚痴も言った
「ほんま、中学生なんか普通は雇はせえへん
のや、だがよ、人がいねえんだからしゃあな
い。ゴルフ屋が繁盛すんのはええけど、それ
は、そのまんまキャデー不足と言う事になる
んや。そのため客が自分でバッグを担いでプ
レイしてもらう事がしょっちゅうあるんや。
 そのつど、この俺様は、誇りもプライド
も捨てて『すんまへん、すんまへん』と、ペ
コペコしなきゃならんのや。
 ほんまの事言うと、中学生でも小学生でも
ええんゃ、バッグを担ぐだけでも助かるわい
 ま、バッグ担いで走る訳じゃねえから、
何とかなるわ、・・・・  
 で。お前、途中で辞めんなよ、俺様が忙し
い中、わざわざ教えたんやからな」

 秋晴れの日の夕方、ゴルフ場のロビーはま
だ大勢の客が、談笑していた。
 マイクロバスまで所有している大きなゴル
フ場だ、荒川放水路の河川敷で、足立区
新田から、江北橋の先の小台まである、二十
三区内で最大のゴルフ場だった。

 平日、学校から帰ると直ぐ自転車に乗り、
急いでゴルフ場に向かうのである。
 真っ先に受付に自分のカードを提出し、呼
ばれるまで待機であるが。時には休む間もな
く、バッグを担ぎコースへ出るのである。
 土曜日曜はお客が多い、特に日曜は忙しか
った。
 ある日「二人分のバックを担げるか」と受
付の人に言われた。一朗は。
「いいですよ」と答えたが、受付の人は頼ん
でおきながら。
「大丈夫かな」と心配しながら、一郎の肩を
両手でバンバンと叩いて、
「ん~、じゃ頼むぞ」と言われた、が、一朗
は正直きつかった。
 そして、朝から晩まで切らさず働くのであ
る。そして、その他の雑用も大変である。
 打ちっぱなしの練習場からいきなり呼ばれ
て「ボールを集めろ、掃除をしておけ、ここ
をかたずけろ」と言われたり、客の要望を聞
き、適切に対処したり、休む暇もないのであ
る。
 まさしく足は棒のようになり、肩が痛く手
が上がらなくなるのである。
 それでも一日寝るとほぼ回復するのだ。
 しかし、疲労は蓄積される事が分かった、
神経も磨り減る事も分かった、体調の良い時
と悪い時があるのも分かった。
  
 初めて一週間ぐらいの頃だった。一郎の首
の当たりに大きな腫物ができた。
 一郎の体質なのであろうか、顔にニキビが
できない代わりに、首の当たりにニキビがで
きるのである。
 しかし今回はニキビではなく、赤く腫れた
大きな腫れ物である。ニキビが炎症を起こし
たのかもしれない。
 その日、バックを担ぐと、腫れ物に触れる
のである。悲鳴を挙げたくなるような激痛に
地獄の苦しみを味わった。
 耐えて耐えて、長い長い一日を終えた時、
新しい発見があった。それは『いくら気持ち
をしっかり持っていても、やる気を出して頑
張ろうと思っていても、体が付いていかない
事がある』と言う事なのだ。
 医者に行けず、薬も塗らず、親に言えず、
学校も休めず、仕事も休めず。一朗は思った
『地獄とはこの世に存在するのだ』と。
 ガリ勉にそのことを言ったら
「休めよ、正直に言えよ、医者に行けよ、そ
んなの誰も褒めてくれないよ」と言われた。
 一朗には答えがなかった。そしてガリ勉は
「まだ始めたばかりだからな。休めば何か言
われそうだな『根性がない』とか『子供だ』
とかね。そう思われるのはいやだよね」
 ガリ勉は丸い瓶のふたのようなものを見つ
けてきて、赤く腫れた部分をおおい、それが
動かないように、テープをぐるぐる巻き付け
て、応急の処置をしてくれた。
「治療費はいくらだ」とか、冗談を言いなが
らである。
 おかげで、次の日は激痛を味わうことなく
無事に仕事を終える事ができた。
   
 「一郎、一郎」 
 母の声で目が覚めた。夕飯も取らず寝てし
まったのだ。母は不思議がった。
「どうしたの一郎」
「いや、ちょっと疲れたよ、運動のし過ぎか
な」
 この頃の一郎の家では一家団らんが少なく
なっていた。
 父も姉も帰りはバラバラなので、母は夕飯
の支度が大変である。
 母は最期の帰宅者と一緒に食事をとるので
ある。
 一郎もキャディーの仕事が終わっても直ぐ
帰れるとは限らないのである。

 母は「今日も遅いね」と言う。
 言い訳はいつも同じだ。
「今日はちょっとクラブ活動でね」「今日は
友達の家でね」「生徒会でね」
 そのうち 夕食の遅れるのが当たり前にな
り、母は理由を聞かなくなった。
 勉強は怠るまいと思ったが、宿題も学期末
試験の勉強もいい加減になった。
 雨が降ると当然仕事は休みだ。しかし、学
校でのクラブ活動も、溜まっている勉強も、
宿題もやる気がしない。
 しかしガリ勉は違う。
「雨の日が勝負だ」と言っている。一郎は絶
対真似できないと思った。
 一郎とガリ勉の違いが、その考え方にある
事がわかった。
 一郎がガリ勉の家に行った時の挨拶はいつ
も「勉強の邪魔しに来たぞ」である。
 何時までもいると、ガリ勉の勉強の邪魔に
なるんじゃないかと思った時もあったが、話
は止まらない、永遠に続く。家の中でも外で
も学校でも。

 一郎は、横になると直ぐ寝てしまう癖が付
いた。母が笑って言った。
「お兄ちゃんはすごい特技があるんだよね。
何処でも寝られるんだよね。寒くても暑くて
も、昼でも夜でも、周りがうるさくても平気
なんだよね」 
 夕食後、疲れている時、一郎は部屋の隅で
横になる。
 一郎を見て不思議がっていた母が。
「一郎、何処か体が悪いんじゃないの、熱は
ないの」一郎は畳をたたいて即座に起きて、
「大丈夫大丈夫、寝不足寝不足」といって平
静をよそおった。

ガリ勉から何度も言われた。
「毎日はきついよ、適当に休まなければ続か
ないぞ。向こうは、こっちの事情なんか考え
てないから、とことん働かさせるぞ。
『もっと早く来い、休むな、もっと頑張れ』
ってね、何十回も聞かされたよ。そして褒め
るのもうまいんだ、その気になるように煽て
るんだんだよ」
 一郎も分かっていた。事務の叔母さんに褒
められた時、何故か頑張り過ぎるぐらい頑張
ってしまうのだ。

 不思議なもので、二週間もすると体がなれ
てきたせいなのか、疲れも眠気もさほど出な
くなっていた。
 しかし 授業中での眠気は辛い、我慢でき
るものではない。
 起きていても、目が明いていても、頭が眠
っているのである。そのため授業の内容が全
く頭に入らないのである。見抜いた先生から
「今の話分かるか」と注意された。ある時は
「夜深しするな」と注意された。

 毎月十日が待ちに待った給料日だ。
 夕方、時間前から多くのキャデー達がにぎ
やかに待っている。
 どの顔も明るい、一郎もガリ勉もその中の
一人だ。
「ご苦労様」
 一郎の初めての給料だ。封筒を覗き込み確
認した。めったに見る事がない千円札に感動
した。
 その時、十円玉が一つ地面こぼれた。近く
にいた女性が拾ってくれた。
「汗の結晶ね」と言い一郎に渡してくれた。
「ありがとう・・・あ」一郎は思い出した。
 彼女は一郎が初仕事の日に、お客とコース
を回った時、親切に色々とアドバイスしてく
れた女性のキャデーだった。
 それも彼女は二人分のバッグを担いでい。
 その後ロビーで何回か見かけたが、お礼を
言う機会がなかった。
 一郎は丁重にお礼を言った。
「あの時、色々教えてもらい本当にありがと
うございました」
「もうすっかり一人前だね。いやーたくまし
いね、内田君だっけ」
 え、名前を覚えていてくれたんだ。
 そのしゃべり方は男の様であるが女性であ
る、日焼けした逞しいお姉さんである。

 一朗は、学校の冬休み期間中でも、天気の
良い日は休まなかった。
 冬場は忙しくはないが、強い風さえ吹かな
ければ、防寒具を着てプレイする客もいるも
ので、中には「客の少ない冬こそ練習のチャ
ンス」なんて言い、カイロを幾つも持ってプ
レイする客もいた。
 そこに行くと同じキャデーの仲間がいる、
新しい出会いがある、色々な体験談が聴ける、
そして、事務や受付の人達とも次第に仲良く
なり、一郎は仕事を覚える程に楽しさを覚え
るようになった。
   

 それから数日が経った頃、一郎は家に誰も
いない事を確認してから、ちゃぶ台に椅子を
乗せて足場にして、神棚の横の奥にある貯金
箱を下した。
 以前、父が板で作った、かなり大きい貯金
箱だ。しかし、いつも数か月で開けてしまう
のを一郎は知っていた。
 その貯金箱に二枚の千円札と小銭を素早く
入れて、貯金箱を元の位置に戻した。
 
 二か月が経つた頃、母は父に、お金がない
事を告げた。
 母は、貯金箱を開けるようにとは言わなか
ったが、父は察知し貯金箱を下ろし、母の目
の前でキーを外した。
 そして新聞紙を広げた上にザーと音を立て
て硬貨を広げた。
 母は子供のように歓声を上げた、太陽の様
な笑顔、春風の様な笑い声が。
 一朗は、今まで経験したことのない喜びを
感じた。周りのすべてが輝いて見えるのであ
る。
 一郎に迷いはない、不安も無い、後悔も無
い、決めた道を進むだけだ。限界に挑戦する
だけだ。
 それは『何のため』が明確だからだ。
  それは『自分自身を確立』した事になるの
だ。

 幸福とは、自分自身が何を感じているかだ
と思う。
 衣食住が足りて、幸福そうに見える人より
も、たとえ貧しくとも、生き甲斐をもって、
人のために汗を流す人の方が幸せである。
 それは、自己を確立し、苦難と戦って得ら
れる『充実』があるからだ。
 戦わずして得られる『充実』など何処にも
ない。
 その意味から、幸福の第一条件は『充実』
だと断言しておきたい。

 
   (十六)
「一朗、ちょっと話があるから来なさい」
 寒波が来ると東京は晴れるが、この日は夕
方から、強い北風に乗って小雪が舞った。
「何・・・お父さん・・・何」
 父は穏やかに、はっきりと言った。
「働くのを辞めなさい・・・」
 北風がカタカタと雨戸を叩く。
 時計はゆっくりと進んだ。
 一郎の父はやさしいが、怒ると怖い。一郎
が小学三年生の頃、父に思いっきり頭を叩か
れた事があった、その時の父の言葉は『謝っ
てこい』の一言だ。
 一郎は大泣きしたが、父母は知らん顔だ。
 軽い気持ちで近所の女の子の頭に、ミミズ
を乗せただけだ。
 後から分かる事だが、父は『女性に失礼な
事を絶対にしてはならない』と言う、当たり
前の事を教えたかったのであろう。
 子供の仕付けに体罰は良くないと思うが、
私には是か非か論じられない。

 北風は更に強く戸をたたく。
「働くのを辞めなさい・・・」父の威厳のあ
る声に、一朗の頭の中は混乱した。
 この日が来るのを恐れていたが、こんなに
早く来るとは思わなかった。時は止まった。
 北風と共に父の声は響いた。
「お父さんは怒っいるんじゃないぞ、一郎が
働き者で強い男だと分かり、安心したよ。自
慢したいくらだ」
 一郎は不思議に思った、怒られるどころか
褒められているからだ。じゃ何故辞めなけれ
ばならないの。
 父は更に褒める
「お前は優しい子だ、我が家の家計を助けよ
うと思ったんだろう。お父さんは全部知って
いるんだよ、何もかもだ。一郎が何故内緒に
したかも知ってるぞ。お父さんに言えば反対
すると思ったからだろう」
 一郎は父の話を遮るように言った。
「そうだよ。絶対反対するでしょう」
 父は強く強く言った
「その通りだ・・・」
 一郎は弱々しく言った
「勉強しなくなると思ったんでしょう」
 父は獅子が吠えるように言った。
「その通りだ・・・」
 一郎は何も言えないのである、その通りだ
からだ。
 一朗は、二学期末の終了日、ひどい成績の
通信簿を貰ったが父に見せるのが怖かった。  
 言い訳を考えたが、思いつかない、でも父
に見せない訳にはいかなかった。
 その通信簿を父に見せたが、まさに針のむ
しろの上に座らされているような気分だった。 
 父は通信簿を隅々まで見ていた。そして、
父は何も言わず、無言で通信簿を一郎に返し
てくれた。その時、父は何故か微笑をうかべ
ていたが、一郎は何も言わない父が更に怖か
った。
 その怖い父が今一郎の前にいる。
そして言う。
「一郎はこの先、いやでも働く事になる、い
くらでも働ける。でも今は勉強だ」
 父の話は明快だ、一郎が反論する余地など
何処にもない。ここで一郎は、本当の想いを
言った。
「だって、お母さんがあんなに喜んでいるじ
ゃないか」
 父はため息をつき言った
「そう、そりゃあ喜ぶさ、貯金箱にあんなに
沢山入っているとはお母さんは思わなかった
からな」更に父は言う、
「一郎、お母さんを悲しませるな、お母さん
が本当の事を知った時、何回も何回もため息
をついていたぞ」
 一郎は衝撃を受けた。
 そうかもしれない、いや、父を悲しませる
事にもなるかもしれない。子供を働かせてい
る無力な親と、後ろ指を指されるかも知れな
い。
 父は誇りを持っている。それは母からも聞
いていた。
『他人様に迷惑をかけるな、恩を受けたら必
ず返せ』これが父の信条だ、誇りだ、プライ
ドだ。父はそのように生きてきたのだろう。
 しかし、後ろ指を指される事に関しては、
少しも恥とは思わないらしい。
『二流三流の人からの批判は誇りだ』とまで
言う。
 
 一郎は生まれて初めて挫折を味わった。
 いや、いずれこうなるかも知れないと思っ
てはいたが、その時が突然訪れてしまった。
 言い訳は通じない、わがままは許されない。
一郎は、足元の台地が抜け落ちたような感覚
で、思考停止状態に陥った。
 一朗は頭をかかえて、黙って下を向いてい
た。そして父は。
「中途半端な辞め方は良くない、月の終わる
まで全力で働け」と言った。
   
 一朗は全神経を注ぎ、悔いのないように最
後まで全力で働いた。
 ゴルフ場の世話になった人達に挨拶をして
回った。「どうしたの、何があったの」「残
念だね、やっと覚えたのに」「必ずここにも
どって来るように」と言われた。
 良い人が沢山いた、わずかな期間であった
が多くの事を学び、一郎は一回り大きくなっ
た。
 西の地平に、牡牛座が輝いていた。
   

  (十七)
 三学期の終了日の事だ。
 担任の先生が黒板に何か書いたが、生徒の
多くは意味が分からかった。
 担任の先生からその意味の説明があった。
「一年間、色々あったけど皆頑張ったね。ク
ラス替えもあるし担任の先生も変わるし、最
期かも知れないので先生は皆に大事なことを
言っておきたい。
 担任の先生は冗談が得意で、いつも皆を笑
わせてくれる。たまに冗談が通じなくて、皆
の反応が無く困っている時もある。その時は
誰かが気を利かせて笑いに付き合ってあげる
事もある。
 又、それに感謝する先生も面白い。
 しかし今日はいつもと違う、いつもの微笑
がない、顔が真面目だ、そして言った。 
「皆、愛が大切な事である事は誰でも分かっ
ているよね。でも、『何故大切なの』と聞く
と、正しく答えられる人は少ないんだよ。そ
して、愛が分からない人に限り、愛だ愛だと
愛を乱発するんだね。
 『愛してる愛してる』と繰り返し言ったか
らと言っても、それが愛してる事にはならな
いんだ。それでは口先だけだ。   
 今日は『愛とは何か』愛が何故大切なのか
について、皆と話し合いながら考えて見よう
と思うんだ。
 先生は、国語や数学や社会と同じように、
『愛学』と言う科目があっても良いと思うく
らいだ。愛学の教科書があっても、愛学の試
験があって良いと思っているくらいだ。
 愛の理解度により人格が形成され、人生を
左右してしまう事もあるし、国の経済政治社
会の底辺を支える力にもなるんだ。
 愛は、人間が生まれながらにして持ち合わ
せているものではなく、教育により、環境に
より育てられるものなんだ。
 みんな、これから先、様々な問題に直面し
た時に、役に立つように、道を間違えないよ
うに、少し難しいかも知れないが、学んでお
こうと思うんだ」
 生徒たちは、いつもと違う先生に気が付い
たが、これが先生の最後の話だ思うと、誰も
が緊張し先生の話に注目した。
「それで皆、先ず愛が付く言葉を何でもいい
から挙げて見なさい。思いついた愛の付く言
葉を何でもいいから言って見なさい」
 一斉にざわめいた後、次々と発言が飛び出
した。
「愛情・家族愛・人類愛・愛国心・慈愛・自
分を愛する・郷土愛・知恵を愛する・・・」
誰かが「アイラブユー」と言った。先生は。
「それは『好きで』と言う意味の定番だね。
 愛もキリスト教社会からの輸入品だけど、
その言葉は愛する対象が広いね。
 さっき誰かが『慈愛』って言ったね。
 慈は仏教から来ているし、愛はキリスト教
から来ているわけだから、慈愛は東洋と西洋
の合作だね。  
 さて、先生からも愛の付く言葉を追加して
おこう『溺愛』とか『盲愛』だな。これは悪
い意味に使われるぞ、そこにエゴイズムがあ
るからだね。 
 愛と言う言葉は欧米の影響を受けて、近年
盛んに使われるようになったが、日本に元々
ある『愛』と言う言葉は、少し違う意味で使
われていたね。今日はその話は置いておく。   
 日本では昔から、愛に近い意味を持つ言葉
として『慈悲』と言う仏教用語があり、それ
を盛んに使っていたんだね。
 慈悲は愛の比べれば分かり易いよ。
 慈悲の慈とは『いつくしむ』と言う意味だ
『真の友情』とも言われるね。
 悲とは『共にかなしむ』と言う事で『哀れ
み、同情、共に苦しむ』と言う意味になるん
だ。
 それからさっき『知恵を愛する』なんて凄
い事言った子がいたな。
 言ったのは誰だ『知恵を愛する』なんて、
なかなか言えるもんじゃないぞ。誰が言った
のかな」
 ざわめきながらだれかが「ガリ勉だよ」と
言った。先生はガリ勉を見て。
「そうか、さすがだな、知恵を愛するとは『
フィロ・ソフィー』つまり哲学の事だよ。
 佐藤君。それが分って言ったのなら君は秀
才だ」
 ガリ勉は嬉しそうだったが、いつもの通り
黙っている。              
「それから誰かが『自分を愛する』と言った
ね。そう、なかなかそこに気が付かない人が
多いが、これは大事なことだね。 
 『頭の悪い自分が、だらしない自分が、嫌
な性格の自分が嫌いだ』と言う人もいるかも
知れないが、先生は断言しておく『自分以上
に愛おしい存在は何処にもない』と言う事だ。
 英語の得意な今井君。君が将来、世界中を
旅をする様になったと時。なった時の話だが、
今井君、その時、今、先生の言った事が本当
かどうか、証明してもらいたいんだ。
『世界中、何処を探しても自分より愛おしい
存在はなかった』って言う事をね。
 もし、それが正しいのならば『他人だって
同じように自分が一番愛おしい存在であるは
ずだ』と言う事が誰でも分かるよね。
 それ故に『自分を愛する人は他人を傷付け
てはならない』と言う事も分かるよね。
 ならば、『人を愛し愛しむということが、
もっとも尊いことである』と言う事も分かる
よね。
 今井君。先生へのお土産は探さなくても、
『自分より愛おしいい存在』を探してくれ」
 今井君は大きな声で。
「ハ~イ」と返事をした。すかさず先生は。
「何度も言うが先生へのお土産はいらないか
らな、本当にいらないからな」と言った。
 すかさず誰かが。
「先生、何度も言うと、お土産を催促してい
るように聞こえますよ」と言って、皆大笑い
をした。
 指導者として心がける事は。
『誠実・真剣・明るさ』と共に『ユーモア』
も入れるべきではないだろうか。特に日本人
はそれが下手だ。

 明るい雰囲気の中、先生は皆に聞いた。
「さて、愛が出尽くした所で皆に聞くが、愛
の大きさや重さを測るとしたら、どうやって
測ればいいのかな。愛の大きさや重さを測る
計測器は有るのかな、それは何だと思う」
 生徒たちは騒めきながら。
「えー、そんなの無いよ、愛なんて見えない
んだから、形が無いんだから、心の中なんだ
から測れないよ」
 皆は勝手にガヤガヤと意見を述べていた、
更に先生は、
「愛の大きさ、重さを計る計りがあれば便利
だよな。『はい、君の愛の重さは一〇グラム
だ、もっと頑張れ』とか『君の愛の大きさは
二メーターもある。素晴らしい』とか言える
からね。
 失恋で泣く子がいなくなるかもね。
 内のクラスにもそう言う計りがあれば一台
欲しいね。
 おー、横山君、君は科学も工作も得意だろ
う。一台作ってくれよ。そんなの発明したら
すごいぞ、新聞のニュースになるかも知れな
いぞ、横山君は有名人になれるぞ」
 言われた生徒は。
「先生、僕にはできねえよ」と捨て腐れたよ
うに言った、皆が笑った。
「やっぱし横山君にも出来ないか。そう、さ
っき誰かが言ったが、愛は見えないからな、
形が分かりずらい。
 しかし皆、驚くな・・・愛の大きさを測る
方法が有るんだ、愛の深さを測る方法がある
んだ。いいかよく聞いてくれ、ここからが大
事なんだぞ」
 先生は静かになるのを見計り言った。
「愛があるか無いか、大きいか小さいか、深
いか浅いか。それは、勇気ある行動と、耐え
忍ぶ忍耐で計る事ができるんだ。
 言い換れば、勇気と忍耐でしか愛は現せな
いと言う事だ。更に言い換えれば、一歩も踏
み出せない人の愛は小さい、と言う事になる。
又、苦しみに耐えられず諦める人の愛は小さ
い、と言う事になるんだ。分かるか」
 誰かが言った
「先生、勇気のある奴は強い奴だから、プロ
レスラーは大きな愛がある、と言う事になる
んじゃないですか」
 先生は即座に否定した
「違う・・・力が強い、イコール勇気ではな
い」  
 生徒たちは口々に言った、
「強くなきゃ勇気は出ないよな、勇気を出す
から強いんだよな」
 再び先生は即座に否定した
「違う・・・力が強いとか弱いとかは勇気に
は関係ない。強いだけならライオンやトラが
一番勇気があることになるだろ。
 強いだけでは無謀になり残虐になる。海で
は溺れる、山では遭難する」
 生徒の一人が手を挙げて言った。
「先生、山なんかで勇気ある撤退ってありま
すよね、これって怖いから撤退でしょう、だ
って勇気があれば、撤退しないで登るでしょ
う」
「そうだね、でも強がっていただけなら無謀
登山となり遭難するんだ。
 特に高い山への登山には、多くの知識と正
しい判断が必要なんだ。喩え弱虫に見えても
憶病に見えても、知識に裏付けられた決断な
ら、それは勇気と言うんだ。
 と言う事は、すなわち勇気とは時に憶病に
見えるということだね。と言う事は、勇気の
反対は臆病ではなく、無謀と言う事になるね
 すなわち勇気とは、理性ある正しい行動と
言う事にもなる」
 生徒の中にはよくわからないで、首を傾げ
る子もいたが、先生は分かり易く、ゆっくり
話を進めた。
 世の中、強い人間ばかりじゃない。  
 憶病でもいいと思うんだ、怖がってもいい
いいと思うんだ、恐れてもいいと思うんだ」
 生徒の間から声が上がった
「エー先生、憶病者に勇気はないと思うよ」
 先生はしばらく間をおいて、言い切った。
「いいかい、憶病でもいい、強がらなくても
いい、恐れてもいい。誰だって怖い時は怖い
よ。ありのままの自分でいい。
 でも、正しい事ならば『震えながらでも一
歩前に出る』その行動が勇気と言うんだ。
 此の人を勇者と言うんだ。この人こそ愛が
ある人だ。

 いいかい、先生の遺言だと思って聞いてく
れ。
『一歩踏み出す勇気』を忘れるなと言う事だ、
勇気と臆病と無謀の差は紙一重だ。
 愛だ愛だと乱発しても、そこに勇気が無け
れば忍耐が無ければ愛ではない。  
 もう一度言う、勇者とは、怖がらない事で
はない、恐れない事ではない、強がる事でも
ない。
 自分の弱い心にムチ打って、一歩踏み出す
人の事だ。
 言い返れば『一歩も踏み出せない傍観者に
は愛は無い』と言う事だ。
 と言う事は、愛の反対は憎しみではない。
『傍観』だ『無関心』だ」
 一人の女子生徒が手を挙げて言った。
「先生、愛の対義語は『憎しみ』って私の辞
書には出ています。私、調べた事あります」  
 先生は躊躇なく言い切った
「貴方の辞書は間違っている」・・・と
 生徒たちの間からは納得せず。
「えー先生、本当に辞書が間違っているんで
すか、間違った辞書ってあるんですか」
 教室は大騒ぎになった。
 先生は皆を静止しながら言った。
「あんなに分厚い辞書だ、一か所くらい間違
いがあっても不思議じゃないよね」
 生徒は納得せず、口々に勝手な意見を言っ
ていた。
 先生は更に皆を静止しながら言った。
「でも、試験の時だけは愛の反対は憎しみと
書いてくれ」
 教室内はざわついていたが、生徒の中から、
「分かりました先生。こうゆうのを見解の相
違って言うんでしょう」先生は笑いながら。
「そういう事にしておいてくれ」
 更に先生は皆を制止し言った。
 ついでに貴方の辞書には勇気の反対は『憶
病』と出ているかもしれない・・・それも辞
書の間違いだ・・・」
 生徒たちは口々に「見解の相違、見解の相
違」とはしゃぎ立てていた。
 静かになるのを待ち先生は言った。
 「勇気の反対は『無謀であり残忍であり愚
であり臆病だ』と言うのが正解だ。
 更にもう一歩深く考えると。
 『右に臆病があり、左に無謀があり、勇気
はその真ん中だ』と考える事もできるが、更
にもう一歩深く考えてみよう。
 勇気は時に臆病にも見えるし無謀にも愚か
にも見える。
 すなわち、『勇気に対義語は存在しない』
 すなわち、『勇気とは絶対言葉』である。
 と言う事だ。
 憶病に見えても、己に勝ち、一歩踏み出す
奴は、間違いなく勇者だ。
 何があっても諦めない忍耐の人は勇者だ。
 その事から、勇気の別名を『忍耐』と言っ
ていいだろう。
 あ、これも試験の時だけは勇気の反対は臆
病と書いてくれ・・・
 ここで先生が言いたいのは、現実の世界で
は、理屈を頭で考えて計算しても、その通り
に行かない場合がある。と言う事だ。
 時代により、場所により、人により違うん
だね。
 冬山で勇気なんか出していたら、命が幾つ
あっても足らないだろう。
 又、『七転び八起き』なんて言う諺がある
が、先生に言わせれば、懲りない奴の喩えだ
よ、山で七回も転んだら遭難だ。
 哲学の分かる佐藤君。この辺の矛盾を深く
思索して、皆に分かり易く教えてあげてくれ
よ」
 言われたガリ勉は、しきりに頭を横に振っ
ていた。
 教室内はガヤガヤ自分勝手に意見を言って
いた、生徒の中には思考停止状態に陥っ子も
いた。
 先生は結論した。
 「愛にも色々あるが、ここでは『普遍的な
愛』について結論しておこう。
 「愛の反対は傍観」だ…
 皆は決して傍観者になるな、無関心でいる
な『一歩踏み出す』勇気を忘れるなと言って
おきたい」
「ハイ」と言う元気な返事が返って来た。 
 先生の思いは通じたのであろうか。  
 更に先生は
「愛の結論を出したところで、勇気の結論も
出しておこう。
 勇気とは、外に向けられる前に、自分の中
に向けられなければならないんだ。
『嫌いな事から逃げ出そう』とする自分。 
『悪い事は何でも、他人のせいにする』自分。
『どうせ何をしてもダメだ』と直ぐ諦める自
分。そのような自分の弱い心に打ち勝つこと
こそ本当の勇気と言うんだ。
 そしてその勇気は、自分を信ずることから
生まれるんだ。
 自分を信ずるとは、自分の無限の可能性を
信ずる事だ。
 いいかい、自分を疑えば一歩たりとも進め
ない、簡単な事さえ分からなくなる。
 その逆に自分を信じて一歩踏み出せば、分
からない事が分かるようになる。
 自分を強く信ずれば、魔法のように知恵が
沸いてくる」
 先生は一人一人を見渡し力強く結論した。  
 愛に忍耐がなければ、憎しみに変化する。
 愛に勇気が無ければ、空しく消え去る。
 愛にエゴイズムがあると、溺愛や盲愛とな
 リ、相手をも滅ぼしてしまう。
 愛を独占すると小さな愛で終わる。
 愛は開かれてこそ幸福と平和が建設される。
   
 真実の愛とは。普遍的な愛とは。
 傍観せず共に苦しむ事。
 己の可能性を信じ、己に勝つ事。
 一歩踏み出す勇気を持つ事。

簡単にまとめて書いておいたよ」
 先生は黒板に書いてある文字を指示した。
 そこには先生が最初に書いた三行の短い言
葉が書かれていた。

 愛とは。 
〇共に苦しむ
〇己に勝つ
〇一歩踏み出す

「これから皆の前には、様々な苦難が待ち構
えている事だろう。

 人間とは弱い者だ。何か問題が起こると、
絶望し、他人のせいにし、やる気をなくし、
楽な方へ行きたがる。
 その時こそこの言葉を思い出してもらいた
い。勝利者になるために、忍耐強く苦難と戦
ってほしい」
 この先生の遺言にうなずく生徒もいた、理
解できない生徒もいた。
 先生は一郎とガリ勉を見た。そして言った。
「このクラスの中には、傍観せず、己に勝ち、
一歩踏み出した生徒が何人もいる。
 そういう生徒に限って自慢しないんだ。そ
れは君かも知れない、隣の席の君かも知れな
い、いや、誰に言われなくても本人はきっと
分かっているはずだ。
 天知る、地知る、我知るだ。 
そういう勇気あるクラスメイトに拍手を送り
たい」
 静けさが漂う・・・
 沈黙を破るように、誰かがゆっくり手をた
たいた。
 続いて、思い出したように、劇場の幕が開
く時の様に、拍手が一斉に沸き起こった。

   
 芽吹き始めた大地を震わせて、
 遥かな虚空に響かせた。
 天も讃えん、
 虹よかかれと祈り、
 終わります。
   








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